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ノグチ(noguchi)
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 環境共生施設研究所は、一級建築士事務所です。旧A&E計画設計事務所を改名し、建築からまちづくりまで手がける事務所になりました。色々な方と職能の方々と語り、交流を持ち、講演会、研修会、異業種交流会「四季の会」も主催しています。  環境共生施設研究所は、環境:人と自然、健常者とハッディを持つ弱者、高齢者も子供も、共生できる社会を目指す家づくり、まちづくりを目指し提案す。得意な分野を持つ建築士集団であり、他の業種のネットワークもあります。生活、暮らしを支える人材の宝庫です。何か、不明の時はご相談下さい。  この熊本ブログ「おてもやん」では、建築、環境、まちづくり、持続可能な社会に関する情報や出来事を日記として書いて行きます。ご笑覧いただけば幸いです。よろしくお願い致します。
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2009年06月28日

(日本の名工)宮大工「西岡常一」

(日本の名工)宮大工「西岡常一」


西岡常一棟梁        

西岡常一 薬師寺の伽藍再興を大きく支えたもう一人の人物は、宮大工の西岡常一(にしおかつねかず)である。法隆寺近くの宮大工の家に生まれた西岡は、1934年から始まった法隆寺の「昭和の大修理」で、世界最古の木造建築の金堂や五重塔の解体修理を手がけた。


     薬師寺五重ノ塔      

薬師寺の再興

 薬師寺は、1528年(享禄元年)の兵火により、東塔を除く諸堂が灰燼に帰した。薬師寺の本尊を祀る金堂の復興は、橋本凝胤住職時代からの寺の宿願であった。


      薬師寺金堂

高田好胤 1967年(昭和42年)、高田好胤(たかだこういん)が管主(住職)就任と同時に、白鳳期の代表的建築物である金堂の復興を提唱した。般若心経(はんにゃしんぎょう)を巻紙に写す「百万巻(ひゃくまんがん)写経」を発願し、新しい宗教運動としてブームを巻き起こした。

 この金堂復興計画が世間の注目をあびたのは、昭和時代の世界最大の木造建造物であることと、一般大衆を相手に百万巻の写経を勧進し、管主自らが全国を行脚したことである。この試みは見事に成功し、金堂は1976年(昭和51年)に復興した。
 その後も西塔や回廊の一部などが次々と復元した。2002年には講堂が完成する。写経は現在でも続いており、鉛筆を使ってもよく、誰でもできるようになっている。奉納した写経は、全て金堂に永久保存される。

 高田好胤管主は、1998年(平成10年)6月、74歳で遷化(せんげ 高僧の死去)され、奈良市西ノ京町の同寺慈恩院で本山葬が営まれた。故人と親交の深かった人ら約4,000人が参列し、故人の遺徳を偲んだ。檀家を持たない薬師寺では、浄土真宗の僧侶により葬儀が執り行われたという。

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