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ノグチ(noguchi)
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 環境共生施設研究所は、一級建築士事務所です。旧A&E計画設計事務所を改名し、建築からまちづくりまで手がける事務所になりました。色々な方と職能の方々と語り、交流を持ち、講演会、研修会、異業種交流会「四季の会」も主催しています。  環境共生施設研究所は、環境:人と自然、健常者とハッディを持つ弱者、高齢者も子供も、共生できる社会を目指す家づくり、まちづくりを目指し提案す。得意な分野を持つ建築士集団であり、他の業種のネットワークもあります。生活、暮らしを支える人材の宝庫です。何か、不明の時はご相談下さい。  この熊本ブログ「おてもやん」では、建築、環境、まちづくり、持続可能な社会に関する情報や出来事を日記として書いて行きます。ご笑覧いただけば幸いです。よろしくお願い致します。
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2008年09月21日

全自動ビニールハウス見学と「食と農」の研修会

全自動ビニールハウス見学と「食と農」の研修会

           ご案内
 10月11日に人吉で開催するシンポジム「食から見た農業を考える、南部九州市長サミット~本来農業への道~」のプレイベントとして、本日朝10時~14時まで、有機農業に詳しい、異業種交流の仲間である高木理有氏の農場のビニールハウスと、お弁当を食べながら、三角一景色の良いところで弁当を食べながら、みなさんと意見を交わす研修会を開催します。

*当日参加方も、弁当屋さんの行為で準備できます。

 高木理有氏考案のビニールハウス、全て手作りで、雨が降ると通気用の開閉窓が自動で閉まる。これは住宅にもあるので不思議ではありません。その先がすごいのです。

 ミニトマトを栽培されているのですが、トマトは必要最低限の水と養分を根本へピンポイント注入で、甘さを増すのですが、中近東のイスラエル、オランダの先端農業も参考にして、施肥、空調、温度管理を感知するセンサーの設置全てが手作り、給水に関しては許の貯水タンクの水が少なくなると、川から自動給水、等々の設備がありますが、全て手作りというのがすごいと思います。

 暴風ネットの支柱(電柱のリサイクル)、今度使うトマトの土は、式典などに使う生け花を挿すスポンジ状の材料等々、多彩なアイデアをあります。もの作りをする人だったら必見の現場をぜひ見学にきませんか。たくさんの参加をお待ちしています。
 
  「オール全自動ビニールハウスの見学会」
  日 時 2008年9月21日(日)10:00~14:00
  場 所 熊本県宇城市三角町 高木ファーム
  参加費 500円(昼食会1,500円程度)
  集合場所 JR三角駅前の元フェリーターミナル駐車場
  (現地見学は1時間半程度。昼食交流会も開催します)

主 催 NPO法人フューチャー500 熊本事務局
  事務局 〒862-0913熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブズ菊池1F
  環境共生施設研究所内 担当 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
  Eメール:aande@lime.ocn.ne.jp  携帯090・3666・7682

現在、15名の参加予定。数名であれば当日参加可能です。お近くで農業、食に興味ある方は、ご参加ください。初めてのフィールドワークで、違った視点の意見・交流ができると思います。
ビニール・ハウスは、天候は関係ありませんので、雨天でも実施します。    

*(全自動ハウスとは)
 1.湿度をセンサーが感知し、屋根の湿度調節を自動開閉
 2.限りなく少ない量の水を根本にピンポイントで注入
 3.必要な時、必要な養分を根本にピンポイントで施肥
 4.メインの貯水タンクが減少すると川から自動給水 
 5.二酸化炭素発生させ、光合成を加速させる装置
 6.立ったままの作業で、全ての農作業がハウス内でできる
 7.驚く事は、全てを自分で作ってしまう、限りない省力化の工夫
 8.後は、現地を見て、驚いてください。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 07:35Comments(0)TrackBack(0)研修会、異業種交流会、他

2008年09月17日

全自動ビニールハウス見学とハイテク農業の研修会

全自動ビニールハウス見学とハイテク農業の研修会
              ご案内

 10月11日に人吉で開催するシンポジム「食から見た農業を考える、南部九州市長サミット~本来農業への道~」のプレイベントとして、来週9月21日、朝10時~14時まで、有機農業に詳しい、異業種交流の仲間である高木理有氏の農場のビニールハウスと、お弁当を食べながら、三角一景色の良いところで弁当を食べながら、みなさんと意見を交わす研修会を開催します。
 高木理有氏考案のビニールハウス、全て手作りで、雨が降ると通気用の開閉窓が自動で閉まる。これは住宅にもあるので不思議ではありません。その先がすごいのです。
 ミニトマトを栽培されているのですが、トマトは必要最低限の水と養分を根本へピンポイント注入で、甘さを増すのですが、中近東のイスラエル、オランダの先端農業も参考にして、施肥、空調、温度管理を感知するセンサーの設置全てが手作り、給水に関しては許の貯水タンクの水が少なくなると、川から自動給水、等々の設備がありますが、全て手作りというのがすごいと思います。
 暴風ネットの支柱(電柱のリサイクル)、今度使うトマトの土は、式典などに使う生け花を挿すスポンジ状の材料等々、多彩なアイデアをあります。もの作りをする人だったら必見の現場をぜひ見学にきませんか。たくさんの参加をお待ちしています。
 
  「オール全自動ビニールハウスの見学会」
  日 時 2008年9月21日(日)10:00~14:00
  場 所 熊本県宇城市三角町 高木ファーム
  参加費 500円(昼食会 1,500円程度)
  集合場所 JR三角駅前の元フェリーターミナル駐車場
  (現地見学は1時間半程度。昼食交流会も開催します)

  主 催 NPO法人フューチャー500 熊本事務局
     事務局 〒862-0913熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブズ菊池1F
     環境共生施設研究所内 担当 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
     Tel 096・381・0283 Fax 096・831・0384
     Eメール:aande@lime.ocn.ne.jp  携帯090・3666・7682
    
 *昼食会、資料等の準備がありますので、参加の方は事務局までメール・ファ
ックスで、氏名、所属、連絡先(電話、メール等)を明記して、9月19日まで
に、申し込みください。ビニールハウスだけの見学は、前日でもかまいません。

 (全自動ハウスとは)
 1.湿度をセンサーが感知し、屋根の湿度調節を自動開閉
 2.限りなく少ない量の水を根本にピンポイントで注入
 3.必要な時、必要な養分を根本にピンポイントで施肥
 4.メインの貯水タンクが減少すると川から自動給水 
 5.二酸化炭素発生させ、光合成を加速させる装置
 6.立ったままの作業で、全ての農作業がハウス内でできる
 7.驚く事は、全てを自分で作ってしまう、限りない省力化の工夫
 8.後は、現地を見て、驚いてください。
<南部九州市長サミット ご案内>

日 時  2008年10月11日(土)17:00~20:00
会 場  人吉カルチャーパレス・小ホール
(人吉市下城本町1578-1 TEL.0966-24-3311)
テーマ  食から考える本来農業とは
参加費  無 料

当日プログラム 
 1 部  基調講演
 講 師  木内 孝(NPO法人フューチャー500会長)
      演題「何時までも続く納得の行く農業」
 2 部  シンポジム
 パネリスト  阿曽田 清(宇城市長)
        田原迫 要(指宿市長)
        石黒 巧(持続可能な農業に関する調査委員会・顧問)
 コーディネーター 田中信孝(人吉市長)

交流会 シンポジウム終了後、講師・パネリストを囲む交流会を開催。
    参加費3,500円。(事務局に事前申し込み必要)。宿泊の相談可。

主 催  NPO法人フューチャー500(木内孝会長)
     持続可能な農業に関する調査委員会(石黒巧顧問)
共 催  人吉有機農業推進協議会
後 援  人吉市、宇城市、指宿市、西都市
事務局  〒862-0913 熊本市尾ノ上1丁目48-6リブズ菊池1F 環境共生施設研究所内
Tel.096-381-0283 Fax.096-381-0384
熊本事務局長 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
     Email:aande@lime.ocn.ne.jp/野口携帯090-3666‐7682

*後日、詳しくご案内致します。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 23:31Comments(0)TrackBack(0)研修会、異業種交流会、他

2008年09月17日

(お尻洗い20年)温水洗浄便座から出火、壁の一部焼く

(お尻洗い20年)温水洗浄便座から出火、壁の一部焼く


■温水洗浄便座から出火、壁の一部焼く…熊本
(読売新聞 - 09月16日 21:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=609234&media_id=20

>「便座は約20年前に購入した」(イナックス)


TOTOのウォッシュレットが、出て20年以上なのですね。

私が、建築の勉強始めたのは28年前ですが、当時はホット便座程度が、日本のトイレ周りの贅沢でした。温水洗浄便座は、日本からはじまり世界へ広がって行きました。

住宅機器の大手が温水洗浄便座を相次ぎ出して20年以上ですか。
バブル期に始まり、今は日常在るものになりました。

出始めは、消費電力が多くて、冷蔵庫と電気使用料を張り合っていましたが、冷蔵庫の温暖化対策「トップランナー方式」で、どんどん省エネになり、今では温水洗浄便座の出荷量を考えると、温暖化対策の対象にするべきと最近思います。

我家も新築時に、ウォッシュレットに換えたのですが、2度トラブルがあり、一度は水漏れで基盤がショートし、コントロールパネル取替え、2台ともありました。もし気づかずに使い続けていれば、我家も壁を焦がすことになったのかもしれません。

・メンテナンス時期は15年目
多くの住宅設備機器は、13~15年目経ったころ、色々トラブルが発生しているようで、苦情や相談を受けるのが多くあります。

器具自体に問題があるときは、5~8年で支障が出てくるケースもあります。

我家は、某メーカーのテレビを新築時に買い換え、ところが7年目に基盤から煙が出て、慌てた事があります。子供だけでいたら、家が燃える所でした。
それ以来、そのメーカーの家電製品は利用していません。一番長く利用した某メーカーのテレビは、22年間見続けることが出来ました。

機械も人間が作るのですから、絶対と思わず、素人ながらも10年くらい経ったころに、ふだん見ない部分をながめてみることも、トラブル防止に非常に効果があります。おかしいと思ったら、友人に一人くらいは建築に詳しい人がいると思いますので、電話で聞いてみるとよいと思います。

機械にも時々、やさしいメンテナンスをして、長く付き合えるようにすると、地球温暖化、ゴミ問題にも貢献する事になると思います。

今日は、住宅の話題でした。


・温暖化に協力
*我家は省エネのため、昼間家を空けるときは、ウォッシュレットの電源を切っています。地球にちょっと優しい心づかい。

~CO2、-6%~
たくさんの人が参加して、更にたくさんの温暖化ガス発生の削減を実現したいですね。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:17Comments(0)TrackBack(0)情報

2008年09月08日

(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 02

(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 02

(現代のまちづくり用語)

「まちづくり」と「都市計画・都市開発」の意味の違い

1.〈市民主体〉
国家権力を担う中央官僚に独占されてきた従来の都市計画・都市開発を見直し、市民が地域の主体だという積極的な意識に立ち、責任ある立場で参画する。

2.〈総合性-ハードとソフト〉
 建設事業だけでなく、「まち」をつくるシクミ(仕組み)を整え、ハードを使うソフトをつくり、生活を豊かにする総合的な「まち」を目指す。

3.〈画一性から個性へ〉
 国家によって全国一律の画一的基準を押し付けられていたのを改めて、それぞれが地域の個性をもつことを確認し、歴史や風土と人の営みを尊重する。

4.〈量から質へ〉
 量だけの充足に留まらず、美しさ、楽しさ、潤い、安らぎ、風格などの質的価値を充足させ、住民が地域に誇りと愛情をもてる持続可能なものとしていく。

5.〈生活の小単位尊重〉
 巨大な開発だけではなく、小さなコミュニティ単位の「まち」にも目を向け、身近な生活空間の向上を目指す。

6.〈理念から実践へ〉
 理念や構想だけに終わらせず、日常的な生活過程のなかで、たとえ小さなことであっても実践し行動する。

*参考資料:田村明著「まちづくりと景観」
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:57Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2008年09月08日

(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 01

(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 01

 「まちづくり」とか、最近は「市民協働」とか聞くようになりました。日本も成熟社会なり、人口年齢分布図は、年齢軸のグラフは頭でっかち、地方と年を見ると都市部が若者世代が多く、地方は高齢者が多いと言う事は、みな知るところですが、実はこれからの高齢化の対策が遅れているのは都市部に成ってきます。

 集団就職で若い働き手「金の卵」たちの集中が進み、その世代が一気に高齢化して行きます。田舎の農村世帯では、子どもが2人、3人はまだまだざらに居ますが、都市部の出生率は限りなく1人に近づいています。この現状がここ間々続けば、後15年もすると、とんでもない高齢者を支える仕事で、人で不足が深刻となるように思います。今後の都市政策のあり方を変えて、高齢化対策に力を入れているか危惧しています。

 さて、今日はその地方の人口減少社会の進む方向は見えているので、そこに活力を戻そうと努力する人たちが、出て来ています。

 その良き例をいくつか読み、私が昨年、一昨年と携わった「町並み修景観事業」の先進地の頑張りを知り、人口が減った分、空いた中心市街地の景観を整備し、外から人を呼び込もうと試みている例が、全国に見られます。

 その一つ、長野県小布施町のことを、法政大学教授の田村明氏が「まちづくりと景観」で紹介されていました。そのコーディネーターをしている建築家の宮本忠長氏の言葉を印象に残りました。
 
(本 文)
「建築は、日の丸の旗のようなものだ。あれは白い《地》があって初めて《図》である赤い丸が生きるし、意味がある。建築そのものは赤い丸のような《図》に当るが、《地》である周辺との関係によって生きる。だが、現在の建築設計は《図》だけで終わっている。《地》と一緒に《図》を考えなければ全体として生きない。問題は《図》のほうには金を出す人はいるが、《地》の方には金を出す人がいないことだ。

だが、建築家は《図》を設計するだけでなく、《地》を考えるのも役割だ。《地》は建築の敷地内だけでない。道路と宅地の境界と《官民境界》といい、宅地と宅地の間の境界を《民民境界》というのだが、その境界にとらわれず、建築を取り囲む全体を《地》として考えなければならないのではないか」(中略)
(建築家 宮本忠長氏)

 宮本氏は、そこの土地に古くから素材とデザインを引用した現代建築を多く手がけてきました。もちろん、古き町並みの再生にも力を注がれています。
 先駆者の言葉には、うなずくだけに迫力を感じます。また、田村氏も次に表現で、まちづくり考え方を説明しています。

(本 文)
・内は自分のもの。外はみんなのもの
 この分かりやすい言葉が、こうした(町並み修景事業の)経過の中から生まれた。(中略)建築設計という行為は、その所有者の目的に従って内側を設計するのだが、外側は「まち」全体の中に意味をもつものとすることで、建物と外回りを含め、全体がしっくりとした「まち」をつくり、それぞれの部分が、目的に合って多様に使われている。(中略)
                   (田村明氏)

私の関わった町並み修景事業は、外観だけを昭和初期に栄えた待ちに風情「白壁」を再生しようと、少ない予算で智恵を絞りやりました。その事業に、20軒を越える商家が参加し、通りに白壁に町並みが再現されています。
 ただし、私がやるかには大正初期にそのままは、再生せずに、
・現代の使いやすさを考え、入り口のバリアフリー化
・藁葺き職人がいないので、屋根は黒い瓦、黒の板金
・板壁は、腐り難い板風サイディング
等々、地方の衰退した商圏の中でも、商工会上げて活性化の取り組みました。素敵な町並みが出来上がりました。

~熊本県上益城郡山都町馬見原地区商店街~
完成後のスナップ写真掲載 
・続(白壁のまち)春の植木市祭り「初市」風景(熊本県山都町)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=756399885&owner_id=2182841
・その他の建物改修ビフォー・アフターのスナップ
http://mixi.jp/list_album.pl

>内は自分のもの。外はみんなのもの

私的な豊かさと公的な豊かさを考えることが、今後の家作り+まちづくりの考え方に広がると良いなと思います。
 長野県小布施町や、熊本県山都町、他、全国には町並み修景事業をたくさんの地方で実施されています。昔の風景を見に、地方へ出かけることが、これから楽しくなると思います。催し見学もかねて、ちょっと美味しいものを食べに出かけて観て下さい。

*参考資料:田村明著「まちづくりと景観」
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:56Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2008年09月01日

世界に誇れる建築物 黒川紀章作「中銀カプセルタワービル」


世界に誇れる建築物 黒川紀章作「中銀カプセルタワービル」

このビルは、まずエレベーター塔を作り、居室であるカプセルをクレーンで吊り上げ、取り付けるという前代未聞のワンルームの居住タワーで、センセーショナルに国内はもちろん、世界の建築界へ影響を与えました。

全国にあるカプセルホテルの原型になった発想とも言えます。

都市の狭い敷地と、高度成長による土地高騰で、黒川氏の思いは別のニーズからカプセルホテルが生まれましたが、基本理念は黒川氏が創ったと思います。

私の最初の建築の師匠は、黒川事務所の成長期、万博時代に、ポストモダンの先駆者として走る黒川氏の下で多様な試みした、上田健二郎氏で、専門学校時代に世界の先駆的な建築家の仕事を紹介してもらい、「ただ、建築士に成れば良いたい」と思っていた気持ちを建築家へ道へ進ませてもらったと思います。

建築家とは、人と違うがものと作りたい、でも最高の居住性が満足することと思います。

黒川氏は、日本の大建築家の丹下健三氏のしたで学んだ学生でもあります。
本流を生きながらも、新たな挑戦をし続けた方と思います。

その黒川氏が、世界へアピールした「中銀カプセルタワービル」が老朽化し、解体の危機に在ります。
歴史に中で、耐震問題等々含め、時代に趨勢かもしれません。


中銀カプセルタワービルのカプセル内


代表作「国立能楽堂」


黒川氏に略歴

黒川紀章
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
黒川 紀章(くろかわ きしょう、1934年4月8日 - 2007年10月12日)は、日本の建築家。正四位旭日重光章受章。共生新党党首。日本芸術院会員。日本会議代表委員。株式会社黒川紀章建築都市設計事務所元代表取締役社長。

夫人は女優の若尾文子。弟は建築家の黒川雅之(弟の妻はコーディネーターの加藤タキ)。前妻との間に1男1女。


[編集] 来歴
愛知県海部郡蟹江町生まれ。1953年、東海高校卒業。1957年、京都大学工学部建築学科卒業。卒業設計の題目は「A Project for Shopping Center」であった。1964年、東京大学大学院建築学専攻博士課程単位取得退学。 1962年株式会社黒川紀章建築都市設計事務所設立。1969年には株式会社アーバンデザインコンサルタントと社会工学研究所を設立。

槇文彦、磯崎新、谷口吉生らと共に、丹下健三の門下生(丹下研究室出身)の建築家である。1960年代に建築理論メタボリズムを浅田孝らと提唱した。メタボリズムに基づいた増築・取替えの可能な建築として中銀カプセルタワービル(1972年)などの作品がある。

博士課程時代の数々の構想案や、大阪万博(1970年)のパビリオンの設計で国際的に名を知られるようになり、海外での作品も数多い。

2007年4月の東京都知事選挙、同年7月29日の参院選に出馬(後述:#政治活動参照)。いずれも落選だったが、バラエティー番組への出演と合わせて、話題を呼んだ。しかし、そのわずか2ヵ月後の同年10月12日午前8時42分、多臓器不全(本人の公式ページでは心不全)のため東京女子医科大学病院で死去。享年74(満73歳没)。夫人によれば、前日11日に同病院で診察を受けたところ、検査入院を勧められて入院したばかりだったという。戒名は至聖院範空功道居士

日本会議代表委員。他にアメリカ建築家協会名誉会員、英国王立建築家協会名誉会員、日本景観学会会長、ブルガリア建築家協会名誉会員、フランス建築家協会正会員、カザフスタン建築家協会名誉会員、ロシア建築アカデミー外国人会員などを務めた。


中銀カプセルタワービル
名古屋市美術館
国立民族学博物館
和歌山県立近代美術館
国立新美術館
国立文楽劇場
[編集] 主な作品
西陣労働センター(現存せず、1962年)
日東食品山形工場(山形県寒河江市、1964年)
こどもの国セントラルロッジ(神奈川県横浜市、1964年)
山形ハワイドリームランド(山形県山形市、現存せず、1967年)
寒河江市役所庁舎(山形県寒河江市、1967年)
大阪万博のパビリオン数点(東芝IHI館、タカラビューティリオン、空中テーマ館、1970年)
佐倉市役所庁舎(千葉県佐倉市、1971年)
中銀カプセルタワービル(東京都中央区銀座、1972年)
軽井沢プリンスホテル東館(長野県軽井沢町、1973年)
下田プリンスホテル(静岡県下田市、1973年)
BIG BOX(東京都新宿区高田馬場、1974年)
福岡銀行本店(福岡市中央区天神、1975年)
ソニータワー(大阪市中央区心斎橋筋、現存せず、1976年)
嬉野温泉和多屋別荘タワー館(佐賀県嬉野市、1977年)
国立民族学博物館(大阪府吹田市、千里万博公園、1977年)
日本赤十字社本社(東京都港区芝大門、1977年)
石川厚生年金会館(石川県金沢市、1977年)
長崎新聞本社ビル(長崎県長崎市、1980年)
埼玉県立近代美術館(埼玉県さいたま市浦和区、1982年)
国立文楽劇場(大阪市中央区日本橋、1983年)
六本木プリンスホテル(現ホテルヴィラフォンテーヌ六本木アネックス、東京都港区六本木、1984年)
吉運堂本社(新潟県新潟市南区、1985年)
ベルリン日独センター(ドイツベルリン、1988年)
広島市現代美術館(広島県広島市、1989年)
WINS銀座(東京都中央区銀座、1990年)
沖縄県庁舎(沖縄県那覇市泉崎、1990年)
三起商行本社(大阪府八尾市、1991年)
奈良市写真美術館(奈良県奈良市、1991年)
きびプラザ(岡山県吉備中央町、1992年)
パシフィック・タワー(フランスラ・デファンス、1992年)
和歌山県立近代美術館(和歌山県和歌山市、1994年)
和歌山県立博物館(和歌山県和歌山市、1994年)
愛媛県総合科学博物館(愛媛県新居浜市大生院、1994年)
福井市美術館(アートラボふくい、福井県福井市、1996年)
ソフトピアジャパンセンタービル(岐阜県大垣市、1996年)
クアラルンプール国際空港(マレーシアクアラルンプール、1998年)
新首都アスタナ計画(カザフスタン・アスタナ、1998年-2030年完成予定)
ゴッホ美術館新館(オランダアムステルダム、1999年)
フラワーヒルミュージアム(和歌山県紀の川市、1999年)
豊田大橋(愛知県豊田市、1999年)
大阪府立国際会議場(大阪市北区中之島、2000年)
福井県立恐竜博物館(福井県勝山市、2000年)
豊田スタジアム(愛知県豊田市、2001年)
九州石油ドーム(大分県大分市、2001年)
鄭東新区マスタープラン(中国河南省鄭州市、2003年-2020年完成予定)
世知原温泉くにみの湯 山暖簾(長崎県佐世保市、2004年)
長崎歴史文化博物館(長崎県長崎市、2005年)
パルティせと(愛知県瀬戸市、2005年)
吉運堂新発田店(新潟県新発田市、2005年)
アスタナ新国際空港(カザフスタン・アスタナ、2005年)
国立新美術館(東京都港区、2006年)
大口中学校(愛知県丹羽郡、2007年)
大阪府警察本部(大阪市中央区大手前、2008年)
Zenit Stadium(サンクト・ペテルブルク、2009年完成予定)
※1979年に開業した日本初のカプセルホテルを設計したのも、黒川である。


[編集] 賞詞
1965年 - 高村光太郎賞
1978年 - 毎日芸術賞
1986年 - フランス建築アカデミーゴールドメダル
1988年 - リチャード・ノイトラ賞(米国)
1989年 - 世界建築ビエンナーレ・グランプリ・ゴールドメダル、フランス芸術文化勲章
1990年 - 日本建築学会賞
1992年 - 日本芸術院賞
2002年 - 国際都市賞(スペイン、メトロポリス協会)
2006年 - 文化功労者
2007年 - 正四位旭日重光章(逝去後の叙位・叙勲)

[編集] 建築家として
他の丹下研究室出身の建築家と同様、“都市”について意識的な建築家である。東京計画1960は磯崎新とともに主担当。それまで、丹下研究室での設計実務も磯崎とともに極力拒否していた。実際、1959年戸山ハイツ計画案、1962年磯子団地計画、1964年札幌大通公園改造計画、1965年丸亀都市計画、1966年の愛知県菱野ニュータウン基本計画、1967年の藤沢市西部開発湘南ライフタウン、1968年佐倉市都市計画策定、北湘南開発基本計画、1970年小田急奥蓼科あけぼの計画インスタントビレッジ、1971年清川村総合計画、鳥取駅前再開発、国鉄飯田町操車場再開発基本構想、1973手稲山総合開発計画、1974年南青山一丁目再開発計画、イタリアヴァスト市とサンサルヴォ市都市計画のほか、カザフスタン新首都アスタナ計画、中国では鄭州市のマスタープランなども手がけている。ポンピドゥ・センターコンペではドミノ1971を提案し、大阪府立国際会議場ではスーパードミノ2000を提案した(GA JAPAN 44)。


[編集] 主な都市構想
1959年 -  新東京計画案-50年後の東京
1960年 -  垂直壁都市
1960年 -  農村都市計画
1961年 -  東京計画1960サイクルトランスポーテーションシステム
1961年 -  霞ヶ浦計画
1961年 -  丸の内業務地域再開発計画
1961年 -  東京計画1961<ヘリックス計画>
1962年 -  箱型量産アパート計画
1962年 -  西陣地区再開発計画
1965年 -  メタモルフォーゼ計画1965
1966年 -  山形HD計画
1976年 -  吉備高原都市計画
1987年 -  東京2025計画(グループ2025)
1989年 -  ニーム副都心計画  

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