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ノグチ(noguchi)
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 環境共生施設研究所は、一級建築士事務所です。旧A&E計画設計事務所を改名し、建築からまちづくりまで手がける事務所になりました。色々な方と職能の方々と語り、交流を持ち、講演会、研修会、異業種交流会「四季の会」も主催しています。  環境共生施設研究所は、環境:人と自然、健常者とハッディを持つ弱者、高齢者も子供も、共生できる社会を目指す家づくり、まちづくりを目指し提案す。得意な分野を持つ建築士集団であり、他の業種のネットワークもあります。生活、暮らしを支える人材の宝庫です。何か、不明の時はご相談下さい。  この熊本ブログ「おてもやん」では、建築、環境、まちづくり、持続可能な社会に関する情報や出来事を日記として書いて行きます。ご笑覧いただけば幸いです。よろしくお願い致します。
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2009年11月14日

(エコ)人間さえいなければ、ノーブレス・オブリージ

(エコ)人間さえいなければ、ノーブレス・オブリージ


■エコカー補助、19日申請開始
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=855539&media_id=4
>新制度は、最初の登録から13年以上たった古い車を廃車にし、環境基準を満たした車に買い替える場合、乗用車で25万円、軽自動車で12万5000円を補助する。環境基準を満たしたトラックやバスへの買い替えには最大180万円を支給。廃車せずエコカーを新規購入する場合は乗用車で10万円、軽自動車で5万円、トラック・バスで最大90万円が支給される。


 人間がこれまで地球を我が顔で振る舞ったつけが、地球温暖化や環境汚染という形で、地球の全生物に降りかかって来ています。

 アメリカ大統領に就任したオバマ氏の掲げる「持続可能な世界」目指す政策のひとつ、グリーンニューディールの影響から、先進国が環境保全、持続可能社会の実現に向けた政策に切り替えつつあります。日本もそれに続けと、エコカー推進を進める事業が始まりました。

 現東京都知事の著書に、地球物理学者の松井孝典氏の意見が書かれていました。石原氏自身もガラパゴス諸島を見聞し、その感想も述べています。

(本文より)
・・・、つまり人間さえいなければ他の生物は余計な新規の敵や環境汚染の危険にさらされたりせずに、その数を適切に保ちながら生存し続けるに違いない。五、六十億年前に地球に生命が芽生え、それが人間にまで進化してくる途上では地球は地球独自の無理にない循環を続け、順当な進化と繁殖が行われてきたのだ。

 しかし五十万年前に猿から分化した人間が生まれて狩猟を始め、さらに1万年前には農耕牧畜という手段を加えてその生存を自らの主体性で保障するようになってから、地球のすべてのものは襲来の地球のプロパアの循環による運営ではなしに人間以外の生物の生命をも含めて人間主体のサイクルに組み込まれるようになった。

 宇宙物理学の松井孝典氏のいう、従来の地球独自の循環に依るシステムに替わる「人間圏」、つまり「文明」が地球上に誕生した。(中略) 

 松井氏はそんな人間が今さら「地球にやさしく」などと説くこと事態が僭越であり、まず、地球は人間のためにあるなどという発想をあらためよと説いているが、その実感をあたしはガラパゴスという一種の聖域を訪れることでしみじみ覚らされた。(中略) 

 さて、あんな島がまだこの地上に在る限りにおいて私たちは、自分たちの手で作ってきた人間圏における文明なるものについてそろそろ本質的な反省をしてかからないと、あのガラパゴスを含めて全てのものを失いかねまい。(中略)
  (以上、石原慎太郎著「日本よ」)


 既に、変革は遅いかもしれませんが、地球生物の存続を模索できるは、人間文明の変革しか方法はありません。
 世界不況中で、どれだけエコスタイルが広がるか未定ですが、一つのきっかけになることは間違いありません。

 ヨーロッパの教育(奉仕)理念に「ノーブレス・オブリージ」という考えがあります。

 ノーブレス・オブリージ(noblesse oblige):高貴な奉仕の理念

 「高貴なる責任」と訳される、ノーブレス・オブリージですが、特権も持つ物は、一般市民よりはるかに社会に貢献する義務を負うという考え方は、昔の日本にも在ったものです。
 エコ対策は、まず地位ある者、財力を持つもの、権力を持つものが、率先して次世代の姿を身銭を切って世に示す事が必要と思います。

 今回の地球環境対策の目玉であり、目に見える効果が出ると予想されるエコカーへの買い替えをどんどん押し進めて行くことで、グリーンビジネスの育成にもつながり、消沈している経済の活性化にもつながると思います。

 日本型・グリーンニューディール政策に期待をしています。

*参考資料:石原慎太郎著「日本よ」
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 06:23Comments(0)TrackBack(0)意見・異見

2009年11月03日

持続可能な発展(開発)とは、将来世代の可能性を脅かさない

持続可能な発展(開発)とは、将来世代の可能性を脅かさない

「環境問題や社会課題を乗り越えずして明るい未来社会は築けない」
「いまの経済・社会発展は持続不可能な道を歩んでいる」
   ~国連・ブルントラント委員会(1987年)~

*ブルントラント委員会に日本の大来佐武郎氏もメンバー。

世界に発表されたメッセージ

゛持続可能な発展(開発)とは、現世代のニーズを満たしながらも、将来世代の可能性を脅かさない発展(開発)である。゛

これ以上の教示はないと思います。

「持続可能な社会」

「核無き世界」

二つを目標を掲げ、人類の気づいた人が、行動を起すことが必要と思います。

*参考資料:ピーター・D・ピーダーセン著「第5の競争軸」  

Posted by ノグチ(noguchi) at 21:41Comments(0)TrackBack(0)意見・異見

2008年12月21日

(建築と芸術)建築家とは何か~情報を形にする職能人?~

(建築と芸術)建築家とは何か~情報を形にする職能人?~

 今日、NHK-BSで、世界のエコツアーを紹介する番組を見た。インドネシアの山岳地域の少数民族の村が、医療費や教育費の不足と、山の麓の山林伐採の危惧から、山を残しながら収入を得るエコ・ツアーを始めた。少数民族のエコツアーを見ていて、昔から生活を大事にしながら収入を得る方法は、試行錯誤、まだまだ順調にはないようでした。

・文化とは何?
 その番組で考えたのは、少数民族の生活文化とは何か? 
 と、ふと考えた。文化と何?
彼らの目指す文化とは、先祖たちが生きて来た智恵(日々の工夫)の歴史のように感じました。

 日本は、東京発の情報の洪水で、地域文化が無くなったと言われます。しかし、まだ地方の小さな部落で守られている色々な慣習・習慣に、人々が生きてきた智恵があり、それが文化ではと考えます。
 これは、各家々にもあり、食の味付けを含め、ちょっとした工夫(智恵)があります。文化とは、一人ひとりが工夫(表現)した歴史の積みかねなのかなと、テレビを見ながら思いました。

・建築士と建築家
 前置きが長くなりました。建築士は、計画、設計、施工、メンテナンスに関わる建築技術者(国家資格取得者)を総称して語られますが、その中で私は、建築家と言われる職能人です。
 建築家は、建物を作るときに、建築するための様々な条件(施主、土地、法、税、近隣、等)を整理し、形にする「企画」、施工するための「設計(図)」、工事の指導・監理、建築後の施設管理の相談が主な仕事です。(工事の指導・監理には、入札・等も入ります)

 最近、テレビ等で「プロフェッショナル(=専門家)」という言葉がありますが、建築家は、専門家と言うよりは、建築の総合プロデューサーに近い仕事になります。もう一つの条件が、建設会社内にいる設計者とは違って、独立独歩であることが大事です。

・ものづくりと先人の知恵
 日々の仕事で、悩むのがオリジナルな視点での「ものづくり」の発想ですが、実際は膨大な歴史上の建築物の資料、実際に見学し体験した現存する建築物をアレンジして、全く違った形を考えることの連続のような気がします。そんな時に目にしたのが、批評家・小林秀雄氏の一文です。建築家は、文学者ほど文章がうまくありませんから、参考にしました。 

(本文)
芸術家達は百年ほど前から自己表現なぞという言葉を使い出したが、どうも大した意味がるようにも思えない。「私」の表現なんていうものはない。そんな事は誰にも出来ない。歴史とは、無数の「私」が何処かへ飛び去った形骸である。(「秋」17-203、47才、1949年)

・どんな仕事をしているか
 仕事の中で、住宅の設計以来が来るのは、1回目は建売だった2回目の新築、複雑な家族関係の家、(世帯、3世帯、3世代、等)、敷地の条件が難しい土地、などなど、設計が住宅会社の設計作業に乗り難いものばかりで、設計とは難しいと毎回思いますが、その分同じものは決して出来ないと思います。
 それを、小林秀雄氏がうまく表現しています。

(本文)
 生活しているだけでは足りぬと信ずる処に表現が現れる。表現とは認識なのであり自覚なのである。いかに生きているかを自覚しようとする意志的な意識的な作業なのであり、引いては、いかに生くべきかの実験なのであります。(「表現について」18-50、48才、1950年)

・生活に「+α」を加味する
 日々の生活に「+α」を加味することが、「表現=オリジナル」加えることなのかもしれません。
 また、施主の求める到達点と、建築家の目指す形を限りなく近づけるのは、密な話し合いと、互の相違点を確認する作業になります。急ぐ場合は、3月で計画して工事しながら考える家もあれば、設計期間無制限「互に納得するものが出来るまで」の家もあります。
 それをうまく文学作品の製作をついて語っているのですが、これを建築に読み替えると少し理解をいただけるかなと思いました。
 ただ、文学は一人の作家の知性と労力によります。建築は、施主、設計、工事関係者の総合力にもよるので、全部一致はしませんが、建築家のもっとの重要な生活へ加味される
「+α」の部分までも読み替えてもらえると理解を頂けるかと思います。

(本文)
 作品を書くとは、読者を予想する事だ、見物の拍手を期待して演技することだ。自分一人の為に書くとは、自分の裡(うら)の理想的見物の期待に添おうと工夫する事だ。人間は、孤独な反省に頼って己れを知る様には決して作られてはいないのである。常に他人が必要だ、いや他人を信ずる事が、他人に信じられる事が。(「或る夜の感想」18-83、48才、1950年)

・重要なのは信頼関係
 やはり何事にも、関わる人々の信頼関係がうまくかみあわないと、到達点に近づくことは出来ないのだと思います。
 建築を芸術という人もいます。そう考えると、有史以来の建築の歴史の積み重ねを基にして、限りなく新しい「私のデザイン(表現)」が、加味され続け発展して行くものと思います。

 今日は、だいぶ長くなりました。最後までお読み頂き感謝します。

*参考資料:小林秀雄語録「人生の鍛錬」
 小林秀雄コミュ:http://mixi.jp/view_community.pl?id=2465984

<関連コミュ>
・素敵な家を造る
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1144602
・建築研究者ネットワーク 環境共生施設研究所
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1288768

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 19:25Comments(0)TrackBack(0)意見・異見