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ノグチ(noguchi)
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 環境共生施設研究所は、一級建築士事務所です。旧A&E計画設計事務所を改名し、建築からまちづくりまで手がける事務所になりました。色々な方と職能の方々と語り、交流を持ち、講演会、研修会、異業種交流会「四季の会」も主催しています。  環境共生施設研究所は、環境:人と自然、健常者とハッディを持つ弱者、高齢者も子供も、共生できる社会を目指す家づくり、まちづくりを目指し提案す。得意な分野を持つ建築士集団であり、他の業種のネットワークもあります。生活、暮らしを支える人材の宝庫です。何か、不明の時はご相談下さい。  この熊本ブログ「おてもやん」では、建築、環境、まちづくり、持続可能な社会に関する情報や出来事を日記として書いて行きます。ご笑覧いただけば幸いです。よろしくお願い致します。
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2009年08月22日

(8月22・23日)火伏地蔵まつりと白壁のまちづくり、

(馬見原地区)火伏地蔵まつりと白壁のまちづくり

 今日・明日は、熊本県と宮崎県境にある、熊本県の山都町馬見原地区の夏祭り「火伏地蔵まつり」が開催されます。深夜、若者たちが「目覚まし」と賑やかに始まり、土日2日間には、地蔵尊を担ぎ、水を浴びせる風景を写真に収めようと、多くのカメラマンや観光客があつまります。
 今年は、平成18・19年度の街づくり事業「白壁のまちづくり」が、熊本県景観大賞を受賞し、春からグループや個人で、町を散策に訪れる客が増えていると聞きます。先月は、笑福亭鶴瓶さんがキャスターを務めるNHKの「家族に乾杯」でも紹介され、注目されています。
 阿蘇山麓の歴史ある町で江戸時代から続く「火伏地蔵まつり」の風景をながめに、久々に行こうと考えています。明日は、昔商店街を襲った大火で、延焼を止めた「火伏地蔵尊」でもあります。商店街の有志たちが、懸命に地域活性化に頑張る姿に元気を頂けると思います。
 祭りについては、山都町のホームページや、馬見原地区の商店主のブログ等で、詳しく紹介されています。「火伏地蔵まつり」「馬見原商店街」等をキーワードのネットで検索下さい。色々、面白い情報もたくさん検索できます。

*馬見原商店街は、西南戦争時の西郷隆盛軍の敗走ルートにあり、官軍陣営後や薩摩にゆかりの商家もあります。

祭りと歴史を味わえる2日間、お時間と興味ある方は、ぜひお出かけ下さい。

平成21年8月22日(土曜日)・23日(日曜日)開催
場所:山都町(蘇陽)馬見原商店街一帯
http://www.town.yamato.kumamoto.jp/ka/syokokankoka/kanko/ibento/zizoumaturi.jsp 

火伏地蔵祭詳細日程
http://www.town.yamato.kumamoto.jp/ka/syokokankoka/kanko/ibento/zizoumaturi_2.jsp
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 11:56Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2009年03月26日

(熊本景観大賞)山都町馬見原地区まちづくりが受賞

(熊本景観大賞)山都町馬見原地区まちづくりが受賞

 今日(3月25日朝刊)の熊本日日新聞の地域版に、嬉しい知らせが載りました。私の手がけたまちづくり「山都町馬見原地区~白壁のまちづくり~」が、くまもと景観賞の大賞を受賞しました。ここ2年大賞の該当は無く、3年ぶりの大賞受賞で地元は大きく沸いています。

・くまもと景観大賞を受賞
 毎年、熊本県内で新たに改修、新設された景観整備で、高い評価を受けたものを自薦,他薦でして、県が表彰するもので、前回私が関わった施設14年前で大賞は外れ、建築部門の一位を目指したのですが次点でした。ちなみに建築部門の一位は、前知事の潮谷氏の関わる「慈愛園」の養護施設が建築部門の一等賞でした。

・1年半のまちづくり整備~地域の技術者の力~
 今回、国土交通省の町並み整備事業(まちづくり事業)は、県下で5地区あり、終了が同じ時期なので、景観賞に多分みんなノミネートさるけど、どうかと思案していました。
 嬉しい受賞、それも大賞は3年ぶりと聞き、約1年半馬見原に一日越しに片道一時間半を通い、高度成長期に現代風に改修された26軒の旧家を、再度、明治後期から大正初期の景観に戻す整備に関わりました。
 その間、様々な地域の歴史を学び、当時のデザインをモチーフにして、現代的な素材を使い白壁を基調にして新たな宿場町を表現しました。

 それが「くまもと景観」の大賞受賞は、感激します。地元の材料を使い、地元の大工さんと議論しながら作ったことに意味があると思います。平成18年度、19年度と事業に関わり、特に最後の計画では、多くの景観整備計画に参加された家があり、睡眠を少なくして期限に間に間に合わせた事を思い出し、良かったなと思います。

・ぜひ「馬見原の白壁」の風景を検索して下さい
 詳しくは、現地を訪問していただく事はもちろんですが、私の管理するブログ「環境共生施設研究所」を検索頂けると、町並みの様子がわかると思います。
 これから季節は歩く(散策)にはとても良い時期です。ぜひ熊本県上益城郡山都町馬見原商店街を訪問して頂き、 西南戦争の薩摩郡の敗走ルートの重要地点(軍議の地)や、若山牧水の歌碑等々あります。

・馬見原の「おいしい一品」
 ぜひぜひ、一度訪問頂き、「桜コロッケ」「山女サンド」「手ぬぐい屋」「蘇陽羊羹」、「岩永茶補」等々、食の一品がたくさんありますので、町を散策頂けると新たな発見と楽しみあると思います。

・馬見原商店街
 熊本-延岡、阿蘇-人吉の交差点、更に神話の里「高千穂」、平家の里「椎葉」も入る経済圏の中心が馬見原商店街、色々な歴史に逸話が盛りだくさんの地区です。

・環境共生施設研究所 理事長 野口修一
 もし馬見原を訪問される方は、インターネットのブログで「建築士のノグチさんの紹介で、くまもと景観の大賞受賞を知って来ました、」と言っていただけると何かサービスが出るかもしません?? 
 それは別として、ぜひぜひ一度、町並み整備が終わった、「熊本一」の町並みを見ていただければ幸いです。よろしくお願します。

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 07:35Comments(2)TrackBack(0)まちづくり

2009年02月15日

百年の文教区「黒髪・子飼」 安全な歩道を実現する

百年の文教区「黒髪・子飼」 安全な歩道を実現する

 毎年1月熊本大学で「実践のまちづくり講座」で講義している。今年の講義レポートは、自分の住む町で気付いた問題を解決するまちづくりプランを立ててもらった。大学生の視野でのまちづくりプランですが、なかなか素晴らしいものが多くあった。

・熊本の交通事情と公共交通の不備
 その中で目立ったのが、熊本大学周辺の歩道の狭さ、自転車のマナー悪さ、公共交通の不便さを多く学生が指摘した。また中心市街地へのバス路線は良いが、それ以外は少ないので、日常は自転車・ミニバイクで、急病や雨の時はタクシー。自転車使う学生からは、中心市街地の客待ちタクシーが多いので、通行に危険ともあった。

・黒髪地区の歩道の狭さと危険度
 熊本大学、小飼橋周辺の旧国道57号線は、日常でも交通量が多く、通学時間には狭い歩道を自転車がひしめいて通っている。中学校、高校も多く集まる地域で、県外から来た学生は、歩道の通行で危険を感じると指摘する。旧市街で拡幅が難しいのであれば、別の方法を考えて欲しいと要望が多かった。更に熊本は、バス・電車を多くバス会社が運行し、分かり難く、たくさん走っているので渋滞が起りやすいのではと指摘した学生もいた。

・地域と学生が協働でするまちづくりの提案
 嘆くばかりでは改善しないので、学生たちのプランを参考にして、熊本市、熊本県、国道交通省、商店街、更に地域住民の代表が一同に会し、学生たちの思いを聞き、実現できるようにして欲しい。この試みが実現すれば、学生のまちづくりへの参加につながり、数年でも地域社会とつながれば、熊本にも愛着を持つってくれると思う。百年続く文教地区が、人に安全で優しいまち(街)に変わることを願います。

・まちづくりは、継続することが大事
 まちづくりは、「思い立ったら、行動し、仲間を作って、継続する」の要素を保ちつつ、地域への熱い思いを持つ人が、社会改善に関わると素晴らしい結果につながると思います。
 やみくもに成果だけを目指すまちづくりでなく、次世代に何が良いか、何を残すのか考え続ける仲間が居ると、地域は変り、活性化して行くと思います。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 02:34Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2008年09月08日

(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 02

(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 02

(現代のまちづくり用語)

「まちづくり」と「都市計画・都市開発」の意味の違い

1.〈市民主体〉
国家権力を担う中央官僚に独占されてきた従来の都市計画・都市開発を見直し、市民が地域の主体だという積極的な意識に立ち、責任ある立場で参画する。

2.〈総合性-ハードとソフト〉
 建設事業だけでなく、「まち」をつくるシクミ(仕組み)を整え、ハードを使うソフトをつくり、生活を豊かにする総合的な「まち」を目指す。

3.〈画一性から個性へ〉
 国家によって全国一律の画一的基準を押し付けられていたのを改めて、それぞれが地域の個性をもつことを確認し、歴史や風土と人の営みを尊重する。

4.〈量から質へ〉
 量だけの充足に留まらず、美しさ、楽しさ、潤い、安らぎ、風格などの質的価値を充足させ、住民が地域に誇りと愛情をもてる持続可能なものとしていく。

5.〈生活の小単位尊重〉
 巨大な開発だけではなく、小さなコミュニティ単位の「まち」にも目を向け、身近な生活空間の向上を目指す。

6.〈理念から実践へ〉
 理念や構想だけに終わらせず、日常的な生活過程のなかで、たとえ小さなことであっても実践し行動する。

*参考資料:田村明著「まちづくりと景観」
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:57Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2008年09月08日

(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 01

(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 01

 「まちづくり」とか、最近は「市民協働」とか聞くようになりました。日本も成熟社会なり、人口年齢分布図は、年齢軸のグラフは頭でっかち、地方と年を見ると都市部が若者世代が多く、地方は高齢者が多いと言う事は、みな知るところですが、実はこれからの高齢化の対策が遅れているのは都市部に成ってきます。

 集団就職で若い働き手「金の卵」たちの集中が進み、その世代が一気に高齢化して行きます。田舎の農村世帯では、子どもが2人、3人はまだまだざらに居ますが、都市部の出生率は限りなく1人に近づいています。この現状がここ間々続けば、後15年もすると、とんでもない高齢者を支える仕事で、人で不足が深刻となるように思います。今後の都市政策のあり方を変えて、高齢化対策に力を入れているか危惧しています。

 さて、今日はその地方の人口減少社会の進む方向は見えているので、そこに活力を戻そうと努力する人たちが、出て来ています。

 その良き例をいくつか読み、私が昨年、一昨年と携わった「町並み修景観事業」の先進地の頑張りを知り、人口が減った分、空いた中心市街地の景観を整備し、外から人を呼び込もうと試みている例が、全国に見られます。

 その一つ、長野県小布施町のことを、法政大学教授の田村明氏が「まちづくりと景観」で紹介されていました。そのコーディネーターをしている建築家の宮本忠長氏の言葉を印象に残りました。
 
(本 文)
「建築は、日の丸の旗のようなものだ。あれは白い《地》があって初めて《図》である赤い丸が生きるし、意味がある。建築そのものは赤い丸のような《図》に当るが、《地》である周辺との関係によって生きる。だが、現在の建築設計は《図》だけで終わっている。《地》と一緒に《図》を考えなければ全体として生きない。問題は《図》のほうには金を出す人はいるが、《地》の方には金を出す人がいないことだ。

だが、建築家は《図》を設計するだけでなく、《地》を考えるのも役割だ。《地》は建築の敷地内だけでない。道路と宅地の境界と《官民境界》といい、宅地と宅地の間の境界を《民民境界》というのだが、その境界にとらわれず、建築を取り囲む全体を《地》として考えなければならないのではないか」(中略)
(建築家 宮本忠長氏)

 宮本氏は、そこの土地に古くから素材とデザインを引用した現代建築を多く手がけてきました。もちろん、古き町並みの再生にも力を注がれています。
 先駆者の言葉には、うなずくだけに迫力を感じます。また、田村氏も次に表現で、まちづくり考え方を説明しています。

(本 文)
・内は自分のもの。外はみんなのもの
 この分かりやすい言葉が、こうした(町並み修景事業の)経過の中から生まれた。(中略)建築設計という行為は、その所有者の目的に従って内側を設計するのだが、外側は「まち」全体の中に意味をもつものとすることで、建物と外回りを含め、全体がしっくりとした「まち」をつくり、それぞれの部分が、目的に合って多様に使われている。(中略)
                   (田村明氏)

私の関わった町並み修景事業は、外観だけを昭和初期に栄えた待ちに風情「白壁」を再生しようと、少ない予算で智恵を絞りやりました。その事業に、20軒を越える商家が参加し、通りに白壁に町並みが再現されています。
 ただし、私がやるかには大正初期にそのままは、再生せずに、
・現代の使いやすさを考え、入り口のバリアフリー化
・藁葺き職人がいないので、屋根は黒い瓦、黒の板金
・板壁は、腐り難い板風サイディング
等々、地方の衰退した商圏の中でも、商工会上げて活性化の取り組みました。素敵な町並みが出来上がりました。

~熊本県上益城郡山都町馬見原地区商店街~
完成後のスナップ写真掲載 
・続(白壁のまち)春の植木市祭り「初市」風景(熊本県山都町)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=756399885&owner_id=2182841
・その他の建物改修ビフォー・アフターのスナップ
http://mixi.jp/list_album.pl

>内は自分のもの。外はみんなのもの

私的な豊かさと公的な豊かさを考えることが、今後の家作り+まちづくりの考え方に広がると良いなと思います。
 長野県小布施町や、熊本県山都町、他、全国には町並み修景事業をたくさんの地方で実施されています。昔の風景を見に、地方へ出かけることが、これから楽しくなると思います。催し見学もかねて、ちょっと美味しいものを食べに出かけて観て下さい。

*参考資料:田村明著「まちづくりと景観」
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:56Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2008年08月07日

(都市交流 )土曜夕方から指宿夜なべ談議参加、まちづくり研修

(都市交流 )土曜夕方から指宿の夜なべ談議参加、まちづくり研修に

・大太鼓フェスティバル
 昨日は、地元宇土市祭り「大太鼓フェスティバル」でした。全国に類を見ない、直径1m80cm~1m30cmの大太鼓が、26個市内の在り、それが全部叩ける状態にしてあります。昨日は、市政50周年と言う事で、全部をお披露目し、叩かれたはずです。

・片道約250km、一気に走る
 と言うのは、私は準備をして、秋の催しの打ち合わせのために、九州の南端にある観光都市、農業地帯の指宿市へ、行政幹部に会うためにに「指宿温泉祭り」出かけました。片道約250km、一気に走ることになりました。鹿児島市内で道を間違い、渋滞にはまり遅れ気味で指宿に入ると、すばらしい花火が夜空に上がっていました。大きな線香花火の模様が暗い夜空に大きく描かれ、遅れてくる「ドーン」の音が、夏の風情を感じさせました。

・指宿温泉祭りと夜なべ談議(懇親会)
 花火終了後、温泉祭りスタッフの打ち上げに参加させてもらい、熊本の先輩でもある人吉市長や、新潟の十日町の親善大使の女性等々、にぎやかなお疲れさん会でした。私は、10月の行う南九州市長サミットの担当市長との「了解」とりと、指宿でまちづくり頑張る友人の応援のために、夕方かたら走り尽くめで指宿まで行きました。
 ちなみに、指宿温泉祭りは第61回目(昭和22年開始)。素晴らしい取り組みと思います。

・秋のイベント準備
 おおむね了解、「詰めは担当とやって下さい」と、秋の人吉集合が一気に決まったという指宿夜なべ談議になりました。この強行軍の行動を「やったほうが、スムーズに行くから、大変だけど来て!」と、一緒にサミットを企画する指宿の友人のアドバイスからでした。

・温かいおもてなし
 実は指宿での飲み会は初めてで、ホテルや2次会の場所不明で、連絡をとると市の幹部の方自ら迎えに来られ、ありがたいことと、素晴らしいもてなしに感動しました。観光地は、この相手を思う心が大事と感服しました。(感謝)

・鹿児島弁は難しい
 交流会(夜なべ談議)は盛り上がりました。私の姉が、鹿児島県霧島市の居るせいか、どうにか薩摩弁は理解できたつもりですが、飲んで早口になるとさすがに付いていけませんでした。後で聞くと、南西諸島の人たちの言葉は、鹿児島市の人たちでも分からないと言われていました。日本は、広い。九州も広いと思います。

・旧友との語り合い、延々続く話題
 今朝は、指宿の友人と3年ぶりにゆっくりあうのですが、とことん話したのは、初対面の年に3度会い、とことん語り合って以来、ゆっくり意見を交わしました。熊本と鹿児島で何時もは会うことは無いのですが、
「これやりたいけど、どう思うね」→「了解、すばらしい。何を協力したら良い」
「こんな青年が今九州を旅している、受けれて意見を言って」→「分かった」
「月末平日、シンポジムやるけど出てこれる」→「3時間くらいしか居れないけど良いよ」
と、いう感じで約8年続いて来ました。仕事もボランティアの関係を無いし、年の私より3才上、意見・手法は違えど、見てる方向が同じで、とても気なる存在で、良き相談相手です。 
 今回、この二人と縁のある世界的な環境活動家が協働で、秋に催しものを企画しています。はっきり決まり次第、皆様にお知らせ、ご案内をしますので、その折にはぜひご参加下さい。とても面白い企画です。ご期待下さい。
*日時だけ決定:10月11日17:00~

・鹿児島西岸と旧鹿児島本線(現オレンジ鉄道)
 帰りは、時間を在ったので、国道をゆっくり休み休み、帰って着ました。5時間半の旅路ですが、鹿児島の色々な風景が見れました。過疎、大ショッピングモール、特に鹿児島市の湾岸開発はすごいと思うのと、埋め立ての広がりに驚きました。
鹿児島、串木野、川内、阿久根、出水、水俣、芦北、八代を見て来たのですが、旧鹿児島本線がとても風景に合い、海岸と列車には、ついカメラの向けたくなりました。

・とても素敵な海水浴場(砂浜)発見
 そこで、発見したのが、とても素敵な海水浴場(砂浜)を見つけました。帰宅して、妻や娘に、来週海水浴に行かないかと、提案してしました。多分、20年前は無かった(整備してない)海岸と思います。妻と若いころ鹿児島北岸によく海水浴に行きました。ふと、高校生ですがきれいな海を見せたいと思った風景でした。もし、来週実現すれば写真でご紹介します。

 昨日・今日は、移動と催し物多い日程でしたが、すばらしい発見がたくさん有った週末でした。
だらだらと長くなりました、最後までお読み頂き感謝します。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 01:43Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2008年07月01日

(公務員の中立性)視点を変えて見る(『菜根譚』より)

(公務員の中立性)視点を変えて見る(『菜根譚』より)


(本文より)

 老練になった心境で若い時代を見つめれば、やみくもな闘争心を消し去ることができよう。
 落ちぶれたときの気持ちになって順調な時代を見つめれば、贅沢になりがちな心を押さえることができよう。

(解 釈)
 若いときは血気盛んであるから、元気にまかせて暴走する恐れがある。そこでこんなかたちで歯止めをかけるのである。ただし、近ごろの腑抜けのような若い連中を見ていると、少々暴走していいから、やる気を出してチャレンジせよと言いたくなる。
 また、経済的に恵まれてくると、知らず知らず生活も贅沢になっていく。これもどこかで歯止めをかけないと、後戻りがきかなくなる。


(感 想)
 人間、なれ(慣れ)ほど恐いものはない。後戻りが効くません。

 生物実験で、海の鯛を海水の池の入れ、少しづつ、少しづつ真水に変えて行くと、そのまま真水で生活できると知りました。

 人間も一緒で、贅沢が当たりまえ、癒着が当たりまえ、談合が当たり前になれば、真水の鯛と同じです。人間の心が、腐り始めたら、成人病と同じで、疾病が表面(犯罪)に出て初めて気づくのが、欲に犯された人間と思います。

~人間の慣れと言う心の病~
 官僚も始めは、ただの残業タクシーでしたが、サービスと証する「賄賂:冷えたビール・タクシー」の誘い水につかったと思います。自分だけは・・・、自分を謙虚に観察できる目(心)が、だんだん霞んで行くのだと思います。

 地方自治体は、小さなコミュニティーで運営されています。公務員の職員は、消防団、まちづくりメンバー、太鼓保存会、夏祭り実行委員会の重要なスタッフです。しかし、公的事業を行う執行官でもあります。

 行政職員は、住人の時と行政の執行官として立場を、きっちり別けれる人物でないといけません。公務員として立つ時は、「公平に競争の機会均等を実施できる「清廉さ」、いわゆる業者との癒着がないようの努めるべきと思います。

 真水に慣れて余裕で泳ぐ鯛にならないように、日々自分の心を引き締め、良心に問いながら公務員は仕事をして欲しいと思います。


*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」より  

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2008年06月06日

(白壁のまち)街並修景観整備事業の仕事完了(熊本県山都町)

(白壁のまち)街並修景観整備事業の仕事が完了(熊本県山都町)

 一昨年夏から、仕事を続けて来ました、熊本県上益城郡山都町馬見原地区の街並景観整備(修景)事業、26軒が完了しました。

 これは、国と県、町が助成し、旧市街地の景観を整備し、かつてのたたずまいを復元しようと行われた事業で、熊本県下では、馬見原地区の他、4地区が取り組んでいます。建物の修景整備は、18年度が6軒、今年度が最後の事業年度で20軒の店舗及び住宅の外観改修工事を続けてきました。

 修景のテーマは、「白壁のまち」、この馬見原地区には、明治期には11軒の酒蔵が在り、杜氏たちが技を競い、宿場町の賑わいもあり、とても栄えた街だったと、一年半の間に多くの歴史を教示してもらいました。

 ただ現在は、阿蘇の外輪山の南側、九州脊梁の西側の麓にあり、中山間地の衰退の中で、人口も減りました。しかし、それでも゛まち(地域)゛を元気しようと、商店街上げて、色々な取り組みがなされてきました。夏祭りや、熊本と延岡を結ぶ大動脈「日向街道」として、今も往来の激しい交通の要所となっています。

 明治10年には、西南戦争の中で、薩摩軍が田原坂、熊本城での戦争で敗れ、九州山地を敗走ルートに選び、追撃を交わしながら、山都町から、宮崎県の椎葉、人吉へ抜け、薩摩へ逃れました。現在は、その正確な敗走をルートも分かり、研究たちが毎年集まり、薩摩軍の敗走ルートを偲び、シンポジウムが開催されています。
 写真は、改修の終わった中心市街地の町並の風景ですが、かつての賑わいを思い出すように、これから色々な催しが、展開されて行きます。

 早速、2月23日日向街道を歩くウォークで、西郷隆盛たちが歩いたルートと同じ道を歩くイベントです。綺麗になった馬見原地区のお披露目のウオークとなっています。地酒、山菜の美味、ちょっと汗をかき、歩いた跡の食事は格別と思います。近くで興味のある方はぜひ、町並みを見学に来て頂ければ幸いです。

 九州自動車道、御船インターから(南ルート)で約1時15分、熊本インターから(阿蘇ルート)で約1時20分。

・南ルートは、日本一の石のアーチ橋、水を放水する通潤橋を含む、石橋群と九州脊梁山地。

・阿蘇(北)ルートは、世界最大の阿蘇カルデラの中、南側を通り、世界遺産の申請中の景観と、豊かな自然を見ながら目的へ行きます。

 今度の日曜日、または春休み、ゴールデンウィークの春のシーズンは最高と思います。


■「写真」山都町馬見原地区 町並み景観整備事業(26軒)
 http://mixi.jp/view_album.pl?id=13009137

  

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