2008年10月07日
(人吉)食から見た農業を考えるシンポジウム「本来農業への道」
食から見た農業を考えるシンポジウム
南九州市長サミット「本来農業への道」
ご案内
生きるために欠かせない「食」、食物を生み出す「農水産業」。自然に恵まれた南部九州は、食卓を支える食糧供給地域です。
最近、一部の良心無き流通・小売業者の産地偽装や残留農薬、異物混入など、信頼を打ち砕く事件が相次ぎました。その反動で消費者は、本物志向・健康意識が高まっています。しかし、日本農業は、海外からの輸入増大に加え、後継者不足で生産力・自給率が低下し、さらに油高騰で生産現場は危機的状況にあります。
今回、「食から農業を考える」をテーマに、南部九州の農業に関心の高い市長3名に集まってもらい、それぞれの地域が抱える課題を出し合い、意見を交わし、共有し、九州の食文化を地域農業によって支える、持続できる農業を目指して、市民と共に語り合う場を企画しました。
問題を解決するためは、生産者は消費者が望む付加価値の高いものを作り、消費者は地域の農産品を正当に評価する相互理解から、日本農業の再生が始まると思います。食を通して、地元農業を考えることは、地域経済に目を向けることにもつながり、生活者として、生産者として、農業とまちづくりを考える機会にもなると期待しています。
今回のシンポジウムの議論から、生活者として地域農業を考える新しい潮流が生まれること、農業資源を活用し商工業との連携や、県境を越えた南部九州全体の交流が活発になることを願っています。今後、豊かな農業資源を持つ3市が情報交換・交流することで、相互の農業生産に活力を産み出し、食文化の発展につながることを期待しています。命の源「食」から考える農業を語る集いに、たくさんの参加をお待ちしています。
記
日 時 平成20年10月11日(土)17:00~20:00
場 所 人吉カルチャーパレス 小ホール
テーマ 「食から考える本来農業とは」
1 部 基調講演
講 師 木内 孝(NPO法人フューチャー500会長)
演題「何時までも続く納得の行く農業」
2 部 シンポジム
パネリスト 阿曽田清(宇城市長)
田原迫要(指宿市長)
石黒 巧(本来農業ネットワーク・顧問)
コーディネーター 田中信孝(人吉市長)
(注)本来農業ネットワークは、持続可能な農業に関する調査委員会の略称。
主 催/NPO法人フューチャー500(木内孝会長)・本来農業ネットワーク(石黒巧顧問)
共 催/人吉有機農業推進協議会
後 援/人吉市、宇城市、指宿市、西都市
事務局/〒862-0913 熊本市尾ノ上1丁目48-6リブズ菊池1F 環境共生施設研究所内
Tel.096-381-0283 Fax.096-381-0384
事務局長 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Email:aande@lime.ocn.ne.jp/
南九州市長サミット「本来農業への道」
ご案内
生きるために欠かせない「食」、食物を生み出す「農水産業」。自然に恵まれた南部九州は、食卓を支える食糧供給地域です。
最近、一部の良心無き流通・小売業者の産地偽装や残留農薬、異物混入など、信頼を打ち砕く事件が相次ぎました。その反動で消費者は、本物志向・健康意識が高まっています。しかし、日本農業は、海外からの輸入増大に加え、後継者不足で生産力・自給率が低下し、さらに油高騰で生産現場は危機的状況にあります。
今回、「食から農業を考える」をテーマに、南部九州の農業に関心の高い市長3名に集まってもらい、それぞれの地域が抱える課題を出し合い、意見を交わし、共有し、九州の食文化を地域農業によって支える、持続できる農業を目指して、市民と共に語り合う場を企画しました。
問題を解決するためは、生産者は消費者が望む付加価値の高いものを作り、消費者は地域の農産品を正当に評価する相互理解から、日本農業の再生が始まると思います。食を通して、地元農業を考えることは、地域経済に目を向けることにもつながり、生活者として、生産者として、農業とまちづくりを考える機会にもなると期待しています。
今回のシンポジウムの議論から、生活者として地域農業を考える新しい潮流が生まれること、農業資源を活用し商工業との連携や、県境を越えた南部九州全体の交流が活発になることを願っています。今後、豊かな農業資源を持つ3市が情報交換・交流することで、相互の農業生産に活力を産み出し、食文化の発展につながることを期待しています。命の源「食」から考える農業を語る集いに、たくさんの参加をお待ちしています。
記
日 時 平成20年10月11日(土)17:00~20:00
場 所 人吉カルチャーパレス 小ホール
テーマ 「食から考える本来農業とは」
1 部 基調講演
講 師 木内 孝(NPO法人フューチャー500会長)
演題「何時までも続く納得の行く農業」
2 部 シンポジム
パネリスト 阿曽田清(宇城市長)
田原迫要(指宿市長)
石黒 巧(本来農業ネットワーク・顧問)
コーディネーター 田中信孝(人吉市長)
(注)本来農業ネットワークは、持続可能な農業に関する調査委員会の略称。
主 催/NPO法人フューチャー500(木内孝会長)・本来農業ネットワーク(石黒巧顧問)
共 催/人吉有機農業推進協議会
後 援/人吉市、宇城市、指宿市、西都市
事務局/〒862-0913 熊本市尾ノ上1丁目48-6リブズ菊池1F 環境共生施設研究所内
Tel.096-381-0283 Fax.096-381-0384
事務局長 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Email:aande@lime.ocn.ne.jp/
2008年09月21日
全自動ビニールハウス見学と「食と農」の研修会
全自動ビニールハウス見学と「食と農」の研修会
ご案内
10月11日に人吉で開催するシンポジム「食から見た農業を考える、南部九州市長サミット~本来農業への道~」のプレイベントとして、本日朝10時~14時まで、有機農業に詳しい、異業種交流の仲間である高木理有氏の農場のビニールハウスと、お弁当を食べながら、三角一景色の良いところで弁当を食べながら、みなさんと意見を交わす研修会を開催します。
*当日参加方も、弁当屋さんの行為で準備できます。
高木理有氏考案のビニールハウス、全て手作りで、雨が降ると通気用の開閉窓が自動で閉まる。これは住宅にもあるので不思議ではありません。その先がすごいのです。
ミニトマトを栽培されているのですが、トマトは必要最低限の水と養分を根本へピンポイント注入で、甘さを増すのですが、中近東のイスラエル、オランダの先端農業も参考にして、施肥、空調、温度管理を感知するセンサーの設置全てが手作り、給水に関しては許の貯水タンクの水が少なくなると、川から自動給水、等々の設備がありますが、全て手作りというのがすごいと思います。
暴風ネットの支柱(電柱のリサイクル)、今度使うトマトの土は、式典などに使う生け花を挿すスポンジ状の材料等々、多彩なアイデアをあります。もの作りをする人だったら必見の現場をぜひ見学にきませんか。たくさんの参加をお待ちしています。
「オール全自動ビニールハウスの見学会」
日 時 2008年9月21日(日)10:00~14:00
場 所 熊本県宇城市三角町 高木ファーム
参加費 500円(昼食会1,500円程度)
集合場所 JR三角駅前の元フェリーターミナル駐車場
(現地見学は1時間半程度。昼食交流会も開催します)
主 催 NPO法人フューチャー500 熊本事務局
事務局 〒862-0913熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブズ菊池1F
環境共生施設研究所内 担当 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Eメール:aande@lime.ocn.ne.jp 携帯090・3666・7682
現在、15名の参加予定。数名であれば当日参加可能です。お近くで農業、食に興味ある方は、ご参加ください。初めてのフィールドワークで、違った視点の意見・交流ができると思います。
ビニール・ハウスは、天候は関係ありませんので、雨天でも実施します。
*(全自動ハウスとは)
1.湿度をセンサーが感知し、屋根の湿度調節を自動開閉
2.限りなく少ない量の水を根本にピンポイントで注入
3.必要な時、必要な養分を根本にピンポイントで施肥
4.メインの貯水タンクが減少すると川から自動給水
5.二酸化炭素発生させ、光合成を加速させる装置
6.立ったままの作業で、全ての農作業がハウス内でできる
7.驚く事は、全てを自分で作ってしまう、限りない省力化の工夫
8.後は、現地を見て、驚いてください。
ご案内
10月11日に人吉で開催するシンポジム「食から見た農業を考える、南部九州市長サミット~本来農業への道~」のプレイベントとして、本日朝10時~14時まで、有機農業に詳しい、異業種交流の仲間である高木理有氏の農場のビニールハウスと、お弁当を食べながら、三角一景色の良いところで弁当を食べながら、みなさんと意見を交わす研修会を開催します。
*当日参加方も、弁当屋さんの行為で準備できます。
高木理有氏考案のビニールハウス、全て手作りで、雨が降ると通気用の開閉窓が自動で閉まる。これは住宅にもあるので不思議ではありません。その先がすごいのです。
ミニトマトを栽培されているのですが、トマトは必要最低限の水と養分を根本へピンポイント注入で、甘さを増すのですが、中近東のイスラエル、オランダの先端農業も参考にして、施肥、空調、温度管理を感知するセンサーの設置全てが手作り、給水に関しては許の貯水タンクの水が少なくなると、川から自動給水、等々の設備がありますが、全て手作りというのがすごいと思います。
暴風ネットの支柱(電柱のリサイクル)、今度使うトマトの土は、式典などに使う生け花を挿すスポンジ状の材料等々、多彩なアイデアをあります。もの作りをする人だったら必見の現場をぜひ見学にきませんか。たくさんの参加をお待ちしています。
「オール全自動ビニールハウスの見学会」
日 時 2008年9月21日(日)10:00~14:00
場 所 熊本県宇城市三角町 高木ファーム
参加費 500円(昼食会1,500円程度)
集合場所 JR三角駅前の元フェリーターミナル駐車場
(現地見学は1時間半程度。昼食交流会も開催します)
主 催 NPO法人フューチャー500 熊本事務局
事務局 〒862-0913熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブズ菊池1F
環境共生施設研究所内 担当 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Eメール:aande@lime.ocn.ne.jp 携帯090・3666・7682
現在、15名の参加予定。数名であれば当日参加可能です。お近くで農業、食に興味ある方は、ご参加ください。初めてのフィールドワークで、違った視点の意見・交流ができると思います。
ビニール・ハウスは、天候は関係ありませんので、雨天でも実施します。
*(全自動ハウスとは)
1.湿度をセンサーが感知し、屋根の湿度調節を自動開閉
2.限りなく少ない量の水を根本にピンポイントで注入
3.必要な時、必要な養分を根本にピンポイントで施肥
4.メインの貯水タンクが減少すると川から自動給水
5.二酸化炭素発生させ、光合成を加速させる装置
6.立ったままの作業で、全ての農作業がハウス内でできる
7.驚く事は、全てを自分で作ってしまう、限りない省力化の工夫
8.後は、現地を見て、驚いてください。
2008年09月17日
全自動ビニールハウス見学とハイテク農業の研修会
全自動ビニールハウス見学とハイテク農業の研修会
ご案内
10月11日に人吉で開催するシンポジム「食から見た農業を考える、南部九州市長サミット~本来農業への道~」のプレイベントとして、来週9月21日、朝10時~14時まで、有機農業に詳しい、異業種交流の仲間である高木理有氏の農場のビニールハウスと、お弁当を食べながら、三角一景色の良いところで弁当を食べながら、みなさんと意見を交わす研修会を開催します。
高木理有氏考案のビニールハウス、全て手作りで、雨が降ると通気用の開閉窓が自動で閉まる。これは住宅にもあるので不思議ではありません。その先がすごいのです。
ミニトマトを栽培されているのですが、トマトは必要最低限の水と養分を根本へピンポイント注入で、甘さを増すのですが、中近東のイスラエル、オランダの先端農業も参考にして、施肥、空調、温度管理を感知するセンサーの設置全てが手作り、給水に関しては許の貯水タンクの水が少なくなると、川から自動給水、等々の設備がありますが、全て手作りというのがすごいと思います。
暴風ネットの支柱(電柱のリサイクル)、今度使うトマトの土は、式典などに使う生け花を挿すスポンジ状の材料等々、多彩なアイデアをあります。もの作りをする人だったら必見の現場をぜひ見学にきませんか。たくさんの参加をお待ちしています。
「オール全自動ビニールハウスの見学会」
日 時 2008年9月21日(日)10:00~14:00
場 所 熊本県宇城市三角町 高木ファーム
参加費 500円(昼食会 1,500円程度)
集合場所 JR三角駅前の元フェリーターミナル駐車場
(現地見学は1時間半程度。昼食交流会も開催します)
主 催 NPO法人フューチャー500 熊本事務局
事務局 〒862-0913熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブズ菊池1F
環境共生施設研究所内 担当 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Tel 096・381・0283 Fax 096・831・0384
Eメール:aande@lime.ocn.ne.jp 携帯090・3666・7682
*昼食会、資料等の準備がありますので、参加の方は事務局までメール・ファ
ックスで、氏名、所属、連絡先(電話、メール等)を明記して、9月19日まで
に、申し込みください。ビニールハウスだけの見学は、前日でもかまいません。
(全自動ハウスとは)
1.湿度をセンサーが感知し、屋根の湿度調節を自動開閉
2.限りなく少ない量の水を根本にピンポイントで注入
3.必要な時、必要な養分を根本にピンポイントで施肥
4.メインの貯水タンクが減少すると川から自動給水
5.二酸化炭素発生させ、光合成を加速させる装置
6.立ったままの作業で、全ての農作業がハウス内でできる
7.驚く事は、全てを自分で作ってしまう、限りない省力化の工夫
8.後は、現地を見て、驚いてください。
<南部九州市長サミット ご案内>
日 時 2008年10月11日(土)17:00~20:00
会 場 人吉カルチャーパレス・小ホール
(人吉市下城本町1578-1 TEL.0966-24-3311)
テーマ 食から考える本来農業とは
参加費 無 料
当日プログラム
1 部 基調講演
講 師 木内 孝(NPO法人フューチャー500会長)
演題「何時までも続く納得の行く農業」
2 部 シンポジム
パネリスト 阿曽田 清(宇城市長)
田原迫 要(指宿市長)
石黒 巧(持続可能な農業に関する調査委員会・顧問)
コーディネーター 田中信孝(人吉市長)
交流会 シンポジウム終了後、講師・パネリストを囲む交流会を開催。
参加費3,500円。(事務局に事前申し込み必要)。宿泊の相談可。
主 催 NPO法人フューチャー500(木内孝会長)
持続可能な農業に関する調査委員会(石黒巧顧問)
共 催 人吉有機農業推進協議会
後 援 人吉市、宇城市、指宿市、西都市
事務局 〒862-0913 熊本市尾ノ上1丁目48-6リブズ菊池1F 環境共生施設研究所内
Tel.096-381-0283 Fax.096-381-0384
熊本事務局長 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Email:aande@lime.ocn.ne.jp/野口携帯090-3666‐7682
*後日、詳しくご案内致します。
ご案内
10月11日に人吉で開催するシンポジム「食から見た農業を考える、南部九州市長サミット~本来農業への道~」のプレイベントとして、来週9月21日、朝10時~14時まで、有機農業に詳しい、異業種交流の仲間である高木理有氏の農場のビニールハウスと、お弁当を食べながら、三角一景色の良いところで弁当を食べながら、みなさんと意見を交わす研修会を開催します。
高木理有氏考案のビニールハウス、全て手作りで、雨が降ると通気用の開閉窓が自動で閉まる。これは住宅にもあるので不思議ではありません。その先がすごいのです。
ミニトマトを栽培されているのですが、トマトは必要最低限の水と養分を根本へピンポイント注入で、甘さを増すのですが、中近東のイスラエル、オランダの先端農業も参考にして、施肥、空調、温度管理を感知するセンサーの設置全てが手作り、給水に関しては許の貯水タンクの水が少なくなると、川から自動給水、等々の設備がありますが、全て手作りというのがすごいと思います。
暴風ネットの支柱(電柱のリサイクル)、今度使うトマトの土は、式典などに使う生け花を挿すスポンジ状の材料等々、多彩なアイデアをあります。もの作りをする人だったら必見の現場をぜひ見学にきませんか。たくさんの参加をお待ちしています。
「オール全自動ビニールハウスの見学会」
日 時 2008年9月21日(日)10:00~14:00
場 所 熊本県宇城市三角町 高木ファーム
参加費 500円(昼食会 1,500円程度)
集合場所 JR三角駅前の元フェリーターミナル駐車場
(現地見学は1時間半程度。昼食交流会も開催します)
主 催 NPO法人フューチャー500 熊本事務局
事務局 〒862-0913熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブズ菊池1F
環境共生施設研究所内 担当 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Tel 096・381・0283 Fax 096・831・0384
Eメール:aande@lime.ocn.ne.jp 携帯090・3666・7682
*昼食会、資料等の準備がありますので、参加の方は事務局までメール・ファ
ックスで、氏名、所属、連絡先(電話、メール等)を明記して、9月19日まで
に、申し込みください。ビニールハウスだけの見学は、前日でもかまいません。
(全自動ハウスとは)
1.湿度をセンサーが感知し、屋根の湿度調節を自動開閉
2.限りなく少ない量の水を根本にピンポイントで注入
3.必要な時、必要な養分を根本にピンポイントで施肥
4.メインの貯水タンクが減少すると川から自動給水
5.二酸化炭素発生させ、光合成を加速させる装置
6.立ったままの作業で、全ての農作業がハウス内でできる
7.驚く事は、全てを自分で作ってしまう、限りない省力化の工夫
8.後は、現地を見て、驚いてください。
<南部九州市長サミット ご案内>
日 時 2008年10月11日(土)17:00~20:00
会 場 人吉カルチャーパレス・小ホール
(人吉市下城本町1578-1 TEL.0966-24-3311)
テーマ 食から考える本来農業とは
参加費 無 料
当日プログラム
1 部 基調講演
講 師 木内 孝(NPO法人フューチャー500会長)
演題「何時までも続く納得の行く農業」
2 部 シンポジム
パネリスト 阿曽田 清(宇城市長)
田原迫 要(指宿市長)
石黒 巧(持続可能な農業に関する調査委員会・顧問)
コーディネーター 田中信孝(人吉市長)
交流会 シンポジウム終了後、講師・パネリストを囲む交流会を開催。
参加費3,500円。(事務局に事前申し込み必要)。宿泊の相談可。
主 催 NPO法人フューチャー500(木内孝会長)
持続可能な農業に関する調査委員会(石黒巧顧問)
共 催 人吉有機農業推進協議会
後 援 人吉市、宇城市、指宿市、西都市
事務局 〒862-0913 熊本市尾ノ上1丁目48-6リブズ菊池1F 環境共生施設研究所内
Tel.096-381-0283 Fax.096-381-0384
熊本事務局長 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Email:aande@lime.ocn.ne.jp/野口携帯090-3666‐7682
*後日、詳しくご案内致します。
2008年09月17日
(お尻洗い20年)温水洗浄便座から出火、壁の一部焼く
(お尻洗い20年)温水洗浄便座から出火、壁の一部焼く
■温水洗浄便座から出火、壁の一部焼く…熊本
(読売新聞 - 09月16日 21:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=609234&media_id=20
>「便座は約20年前に購入した」(イナックス)
TOTOのウォッシュレットが、出て20年以上なのですね。
私が、建築の勉強始めたのは28年前ですが、当時はホット便座程度が、日本のトイレ周りの贅沢でした。温水洗浄便座は、日本からはじまり世界へ広がって行きました。
住宅機器の大手が温水洗浄便座を相次ぎ出して20年以上ですか。
バブル期に始まり、今は日常在るものになりました。
出始めは、消費電力が多くて、冷蔵庫と電気使用料を張り合っていましたが、冷蔵庫の温暖化対策「トップランナー方式」で、どんどん省エネになり、今では温水洗浄便座の出荷量を考えると、温暖化対策の対象にするべきと最近思います。
我家も新築時に、ウォッシュレットに換えたのですが、2度トラブルがあり、一度は水漏れで基盤がショートし、コントロールパネル取替え、2台ともありました。もし気づかずに使い続けていれば、我家も壁を焦がすことになったのかもしれません。
・メンテナンス時期は15年目
多くの住宅設備機器は、13~15年目経ったころ、色々トラブルが発生しているようで、苦情や相談を受けるのが多くあります。
器具自体に問題があるときは、5~8年で支障が出てくるケースもあります。
我家は、某メーカーのテレビを新築時に買い換え、ところが7年目に基盤から煙が出て、慌てた事があります。子供だけでいたら、家が燃える所でした。
それ以来、そのメーカーの家電製品は利用していません。一番長く利用した某メーカーのテレビは、22年間見続けることが出来ました。
機械も人間が作るのですから、絶対と思わず、素人ながらも10年くらい経ったころに、ふだん見ない部分をながめてみることも、トラブル防止に非常に効果があります。おかしいと思ったら、友人に一人くらいは建築に詳しい人がいると思いますので、電話で聞いてみるとよいと思います。
機械にも時々、やさしいメンテナンスをして、長く付き合えるようにすると、地球温暖化、ゴミ問題にも貢献する事になると思います。
今日は、住宅の話題でした。
・温暖化に協力
*我家は省エネのため、昼間家を空けるときは、ウォッシュレットの電源を切っています。地球にちょっと優しい心づかい。
~CO2、-6%~
たくさんの人が参加して、更にたくさんの温暖化ガス発生の削減を実現したいですね。
■温水洗浄便座から出火、壁の一部焼く…熊本
(読売新聞 - 09月16日 21:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=609234&media_id=20
>「便座は約20年前に購入した」(イナックス)
TOTOのウォッシュレットが、出て20年以上なのですね。
私が、建築の勉強始めたのは28年前ですが、当時はホット便座程度が、日本のトイレ周りの贅沢でした。温水洗浄便座は、日本からはじまり世界へ広がって行きました。
住宅機器の大手が温水洗浄便座を相次ぎ出して20年以上ですか。
バブル期に始まり、今は日常在るものになりました。
出始めは、消費電力が多くて、冷蔵庫と電気使用料を張り合っていましたが、冷蔵庫の温暖化対策「トップランナー方式」で、どんどん省エネになり、今では温水洗浄便座の出荷量を考えると、温暖化対策の対象にするべきと最近思います。
我家も新築時に、ウォッシュレットに換えたのですが、2度トラブルがあり、一度は水漏れで基盤がショートし、コントロールパネル取替え、2台ともありました。もし気づかずに使い続けていれば、我家も壁を焦がすことになったのかもしれません。
・メンテナンス時期は15年目
多くの住宅設備機器は、13~15年目経ったころ、色々トラブルが発生しているようで、苦情や相談を受けるのが多くあります。
器具自体に問題があるときは、5~8年で支障が出てくるケースもあります。
我家は、某メーカーのテレビを新築時に買い換え、ところが7年目に基盤から煙が出て、慌てた事があります。子供だけでいたら、家が燃える所でした。
それ以来、そのメーカーの家電製品は利用していません。一番長く利用した某メーカーのテレビは、22年間見続けることが出来ました。
機械も人間が作るのですから、絶対と思わず、素人ながらも10年くらい経ったころに、ふだん見ない部分をながめてみることも、トラブル防止に非常に効果があります。おかしいと思ったら、友人に一人くらいは建築に詳しい人がいると思いますので、電話で聞いてみるとよいと思います。
機械にも時々、やさしいメンテナンスをして、長く付き合えるようにすると、地球温暖化、ゴミ問題にも貢献する事になると思います。
今日は、住宅の話題でした。
・温暖化に協力
*我家は省エネのため、昼間家を空けるときは、ウォッシュレットの電源を切っています。地球にちょっと優しい心づかい。
~CO2、-6%~
たくさんの人が参加して、更にたくさんの温暖化ガス発生の削減を実現したいですね。
2008年09月08日
(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 02
(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 02
(現代のまちづくり用語)
「まちづくり」と「都市計画・都市開発」の意味の違い
1.〈市民主体〉
国家権力を担う中央官僚に独占されてきた従来の都市計画・都市開発を見直し、市民が地域の主体だという積極的な意識に立ち、責任ある立場で参画する。
2.〈総合性-ハードとソフト〉
建設事業だけでなく、「まち」をつくるシクミ(仕組み)を整え、ハードを使うソフトをつくり、生活を豊かにする総合的な「まち」を目指す。
3.〈画一性から個性へ〉
国家によって全国一律の画一的基準を押し付けられていたのを改めて、それぞれが地域の個性をもつことを確認し、歴史や風土と人の営みを尊重する。
4.〈量から質へ〉
量だけの充足に留まらず、美しさ、楽しさ、潤い、安らぎ、風格などの質的価値を充足させ、住民が地域に誇りと愛情をもてる持続可能なものとしていく。
5.〈生活の小単位尊重〉
巨大な開発だけではなく、小さなコミュニティ単位の「まち」にも目を向け、身近な生活空間の向上を目指す。
6.〈理念から実践へ〉
理念や構想だけに終わらせず、日常的な生活過程のなかで、たとえ小さなことであっても実践し行動する。
*参考資料:田村明著「まちづくりと景観」
(現代のまちづくり用語)
「まちづくり」と「都市計画・都市開発」の意味の違い
1.〈市民主体〉
国家権力を担う中央官僚に独占されてきた従来の都市計画・都市開発を見直し、市民が地域の主体だという積極的な意識に立ち、責任ある立場で参画する。
2.〈総合性-ハードとソフト〉
建設事業だけでなく、「まち」をつくるシクミ(仕組み)を整え、ハードを使うソフトをつくり、生活を豊かにする総合的な「まち」を目指す。
3.〈画一性から個性へ〉
国家によって全国一律の画一的基準を押し付けられていたのを改めて、それぞれが地域の個性をもつことを確認し、歴史や風土と人の営みを尊重する。
4.〈量から質へ〉
量だけの充足に留まらず、美しさ、楽しさ、潤い、安らぎ、風格などの質的価値を充足させ、住民が地域に誇りと愛情をもてる持続可能なものとしていく。
5.〈生活の小単位尊重〉
巨大な開発だけではなく、小さなコミュニティ単位の「まち」にも目を向け、身近な生活空間の向上を目指す。
6.〈理念から実践へ〉
理念や構想だけに終わらせず、日常的な生活過程のなかで、たとえ小さなことであっても実践し行動する。
*参考資料:田村明著「まちづくりと景観」
2008年09月08日
(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 01
(建築と景観)平がなの「まちづくり」と都市計画の違い 01
「まちづくり」とか、最近は「市民協働」とか聞くようになりました。日本も成熟社会なり、人口年齢分布図は、年齢軸のグラフは頭でっかち、地方と年を見ると都市部が若者世代が多く、地方は高齢者が多いと言う事は、みな知るところですが、実はこれからの高齢化の対策が遅れているのは都市部に成ってきます。
集団就職で若い働き手「金の卵」たちの集中が進み、その世代が一気に高齢化して行きます。田舎の農村世帯では、子どもが2人、3人はまだまだざらに居ますが、都市部の出生率は限りなく1人に近づいています。この現状がここ間々続けば、後15年もすると、とんでもない高齢者を支える仕事で、人で不足が深刻となるように思います。今後の都市政策のあり方を変えて、高齢化対策に力を入れているか危惧しています。
さて、今日はその地方の人口減少社会の進む方向は見えているので、そこに活力を戻そうと努力する人たちが、出て来ています。
その良き例をいくつか読み、私が昨年、一昨年と携わった「町並み修景観事業」の先進地の頑張りを知り、人口が減った分、空いた中心市街地の景観を整備し、外から人を呼び込もうと試みている例が、全国に見られます。
その一つ、長野県小布施町のことを、法政大学教授の田村明氏が「まちづくりと景観」で紹介されていました。そのコーディネーターをしている建築家の宮本忠長氏の言葉を印象に残りました。
(本 文)
「建築は、日の丸の旗のようなものだ。あれは白い《地》があって初めて《図》である赤い丸が生きるし、意味がある。建築そのものは赤い丸のような《図》に当るが、《地》である周辺との関係によって生きる。だが、現在の建築設計は《図》だけで終わっている。《地》と一緒に《図》を考えなければ全体として生きない。問題は《図》のほうには金を出す人はいるが、《地》の方には金を出す人がいないことだ。
だが、建築家は《図》を設計するだけでなく、《地》を考えるのも役割だ。《地》は建築の敷地内だけでない。道路と宅地の境界と《官民境界》といい、宅地と宅地の間の境界を《民民境界》というのだが、その境界にとらわれず、建築を取り囲む全体を《地》として考えなければならないのではないか」(中略)
(建築家 宮本忠長氏)
宮本氏は、そこの土地に古くから素材とデザインを引用した現代建築を多く手がけてきました。もちろん、古き町並みの再生にも力を注がれています。
先駆者の言葉には、うなずくだけに迫力を感じます。また、田村氏も次に表現で、まちづくり考え方を説明しています。
(本 文)
・内は自分のもの。外はみんなのもの
この分かりやすい言葉が、こうした(町並み修景事業の)経過の中から生まれた。(中略)建築設計という行為は、その所有者の目的に従って内側を設計するのだが、外側は「まち」全体の中に意味をもつものとすることで、建物と外回りを含め、全体がしっくりとした「まち」をつくり、それぞれの部分が、目的に合って多様に使われている。(中略)
(田村明氏)
私の関わった町並み修景事業は、外観だけを昭和初期に栄えた待ちに風情「白壁」を再生しようと、少ない予算で智恵を絞りやりました。その事業に、20軒を越える商家が参加し、通りに白壁に町並みが再現されています。
ただし、私がやるかには大正初期にそのままは、再生せずに、
・現代の使いやすさを考え、入り口のバリアフリー化
・藁葺き職人がいないので、屋根は黒い瓦、黒の板金
・板壁は、腐り難い板風サイディング
等々、地方の衰退した商圏の中でも、商工会上げて活性化の取り組みました。素敵な町並みが出来上がりました。
~熊本県上益城郡山都町馬見原地区商店街~
完成後のスナップ写真掲載
・続(白壁のまち)春の植木市祭り「初市」風景(熊本県山都町)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=756399885&owner_id=2182841
・その他の建物改修ビフォー・アフターのスナップ
http://mixi.jp/list_album.pl
>内は自分のもの。外はみんなのもの
私的な豊かさと公的な豊かさを考えることが、今後の家作り+まちづくりの考え方に広がると良いなと思います。
長野県小布施町や、熊本県山都町、他、全国には町並み修景事業をたくさんの地方で実施されています。昔の風景を見に、地方へ出かけることが、これから楽しくなると思います。催し見学もかねて、ちょっと美味しいものを食べに出かけて観て下さい。
*参考資料:田村明著「まちづくりと景観」
「まちづくり」とか、最近は「市民協働」とか聞くようになりました。日本も成熟社会なり、人口年齢分布図は、年齢軸のグラフは頭でっかち、地方と年を見ると都市部が若者世代が多く、地方は高齢者が多いと言う事は、みな知るところですが、実はこれからの高齢化の対策が遅れているのは都市部に成ってきます。
集団就職で若い働き手「金の卵」たちの集中が進み、その世代が一気に高齢化して行きます。田舎の農村世帯では、子どもが2人、3人はまだまだざらに居ますが、都市部の出生率は限りなく1人に近づいています。この現状がここ間々続けば、後15年もすると、とんでもない高齢者を支える仕事で、人で不足が深刻となるように思います。今後の都市政策のあり方を変えて、高齢化対策に力を入れているか危惧しています。
さて、今日はその地方の人口減少社会の進む方向は見えているので、そこに活力を戻そうと努力する人たちが、出て来ています。
その良き例をいくつか読み、私が昨年、一昨年と携わった「町並み修景観事業」の先進地の頑張りを知り、人口が減った分、空いた中心市街地の景観を整備し、外から人を呼び込もうと試みている例が、全国に見られます。
その一つ、長野県小布施町のことを、法政大学教授の田村明氏が「まちづくりと景観」で紹介されていました。そのコーディネーターをしている建築家の宮本忠長氏の言葉を印象に残りました。
(本 文)
「建築は、日の丸の旗のようなものだ。あれは白い《地》があって初めて《図》である赤い丸が生きるし、意味がある。建築そのものは赤い丸のような《図》に当るが、《地》である周辺との関係によって生きる。だが、現在の建築設計は《図》だけで終わっている。《地》と一緒に《図》を考えなければ全体として生きない。問題は《図》のほうには金を出す人はいるが、《地》の方には金を出す人がいないことだ。
だが、建築家は《図》を設計するだけでなく、《地》を考えるのも役割だ。《地》は建築の敷地内だけでない。道路と宅地の境界と《官民境界》といい、宅地と宅地の間の境界を《民民境界》というのだが、その境界にとらわれず、建築を取り囲む全体を《地》として考えなければならないのではないか」(中略)
(建築家 宮本忠長氏)
宮本氏は、そこの土地に古くから素材とデザインを引用した現代建築を多く手がけてきました。もちろん、古き町並みの再生にも力を注がれています。
先駆者の言葉には、うなずくだけに迫力を感じます。また、田村氏も次に表現で、まちづくり考え方を説明しています。
(本 文)
・内は自分のもの。外はみんなのもの
この分かりやすい言葉が、こうした(町並み修景事業の)経過の中から生まれた。(中略)建築設計という行為は、その所有者の目的に従って内側を設計するのだが、外側は「まち」全体の中に意味をもつものとすることで、建物と外回りを含め、全体がしっくりとした「まち」をつくり、それぞれの部分が、目的に合って多様に使われている。(中略)
(田村明氏)
私の関わった町並み修景事業は、外観だけを昭和初期に栄えた待ちに風情「白壁」を再生しようと、少ない予算で智恵を絞りやりました。その事業に、20軒を越える商家が参加し、通りに白壁に町並みが再現されています。
ただし、私がやるかには大正初期にそのままは、再生せずに、
・現代の使いやすさを考え、入り口のバリアフリー化
・藁葺き職人がいないので、屋根は黒い瓦、黒の板金
・板壁は、腐り難い板風サイディング
等々、地方の衰退した商圏の中でも、商工会上げて活性化の取り組みました。素敵な町並みが出来上がりました。
~熊本県上益城郡山都町馬見原地区商店街~
完成後のスナップ写真掲載
・続(白壁のまち)春の植木市祭り「初市」風景(熊本県山都町)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=756399885&owner_id=2182841
・その他の建物改修ビフォー・アフターのスナップ
http://mixi.jp/list_album.pl
>内は自分のもの。外はみんなのもの
私的な豊かさと公的な豊かさを考えることが、今後の家作り+まちづくりの考え方に広がると良いなと思います。
長野県小布施町や、熊本県山都町、他、全国には町並み修景事業をたくさんの地方で実施されています。昔の風景を見に、地方へ出かけることが、これから楽しくなると思います。催し見学もかねて、ちょっと美味しいものを食べに出かけて観て下さい。
*参考資料:田村明著「まちづくりと景観」
2008年09月01日
世界に誇れる建築物 黒川紀章作「中銀カプセルタワービル」

世界に誇れる建築物 黒川紀章作「中銀カプセルタワービル」
このビルは、まずエレベーター塔を作り、居室であるカプセルをクレーンで吊り上げ、取り付けるという前代未聞のワンルームの居住タワーで、センセーショナルに国内はもちろん、世界の建築界へ影響を与えました。
全国にあるカプセルホテルの原型になった発想とも言えます。
都市の狭い敷地と、高度成長による土地高騰で、黒川氏の思いは別のニーズからカプセルホテルが生まれましたが、基本理念は黒川氏が創ったと思います。
私の最初の建築の師匠は、黒川事務所の成長期、万博時代に、ポストモダンの先駆者として走る黒川氏の下で多様な試みした、上田健二郎氏で、専門学校時代に世界の先駆的な建築家の仕事を紹介してもらい、「ただ、建築士に成れば良いたい」と思っていた気持ちを建築家へ道へ進ませてもらったと思います。
建築家とは、人と違うがものと作りたい、でも最高の居住性が満足することと思います。
黒川氏は、日本の大建築家の丹下健三氏のしたで学んだ学生でもあります。
本流を生きながらも、新たな挑戦をし続けた方と思います。
その黒川氏が、世界へアピールした「中銀カプセルタワービル」が老朽化し、解体の危機に在ります。
歴史に中で、耐震問題等々含め、時代に趨勢かもしれません。

中銀カプセルタワービルのカプセル内

代表作「国立能楽堂」
黒川氏に略歴
黒川紀章
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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黒川 紀章(くろかわ きしょう、1934年4月8日 - 2007年10月12日)は、日本の建築家。正四位旭日重光章受章。共生新党党首。日本芸術院会員。日本会議代表委員。株式会社黒川紀章建築都市設計事務所元代表取締役社長。
夫人は女優の若尾文子。弟は建築家の黒川雅之(弟の妻はコーディネーターの加藤タキ)。前妻との間に1男1女。
[編集] 来歴
愛知県海部郡蟹江町生まれ。1953年、東海高校卒業。1957年、京都大学工学部建築学科卒業。卒業設計の題目は「A Project for Shopping Center」であった。1964年、東京大学大学院建築学専攻博士課程単位取得退学。 1962年株式会社黒川紀章建築都市設計事務所設立。1969年には株式会社アーバンデザインコンサルタントと社会工学研究所を設立。
槇文彦、磯崎新、谷口吉生らと共に、丹下健三の門下生(丹下研究室出身)の建築家である。1960年代に建築理論メタボリズムを浅田孝らと提唱した。メタボリズムに基づいた増築・取替えの可能な建築として中銀カプセルタワービル(1972年)などの作品がある。
博士課程時代の数々の構想案や、大阪万博(1970年)のパビリオンの設計で国際的に名を知られるようになり、海外での作品も数多い。
2007年4月の東京都知事選挙、同年7月29日の参院選に出馬(後述:#政治活動参照)。いずれも落選だったが、バラエティー番組への出演と合わせて、話題を呼んだ。しかし、そのわずか2ヵ月後の同年10月12日午前8時42分、多臓器不全(本人の公式ページでは心不全)のため東京女子医科大学病院で死去。享年74(満73歳没)。夫人によれば、前日11日に同病院で診察を受けたところ、検査入院を勧められて入院したばかりだったという。戒名は至聖院範空功道居士
日本会議代表委員。他にアメリカ建築家協会名誉会員、英国王立建築家協会名誉会員、日本景観学会会長、ブルガリア建築家協会名誉会員、フランス建築家協会正会員、カザフスタン建築家協会名誉会員、ロシア建築アカデミー外国人会員などを務めた。
中銀カプセルタワービル
名古屋市美術館
国立民族学博物館
和歌山県立近代美術館
国立新美術館
国立文楽劇場
[編集] 主な作品
西陣労働センター(現存せず、1962年)
日東食品山形工場(山形県寒河江市、1964年)
こどもの国セントラルロッジ(神奈川県横浜市、1964年)
山形ハワイドリームランド(山形県山形市、現存せず、1967年)
寒河江市役所庁舎(山形県寒河江市、1967年)
大阪万博のパビリオン数点(東芝IHI館、タカラビューティリオン、空中テーマ館、1970年)
佐倉市役所庁舎(千葉県佐倉市、1971年)
中銀カプセルタワービル(東京都中央区銀座、1972年)
軽井沢プリンスホテル東館(長野県軽井沢町、1973年)
下田プリンスホテル(静岡県下田市、1973年)
BIG BOX(東京都新宿区高田馬場、1974年)
福岡銀行本店(福岡市中央区天神、1975年)
ソニータワー(大阪市中央区心斎橋筋、現存せず、1976年)
嬉野温泉和多屋別荘タワー館(佐賀県嬉野市、1977年)
国立民族学博物館(大阪府吹田市、千里万博公園、1977年)
日本赤十字社本社(東京都港区芝大門、1977年)
石川厚生年金会館(石川県金沢市、1977年)
長崎新聞本社ビル(長崎県長崎市、1980年)
埼玉県立近代美術館(埼玉県さいたま市浦和区、1982年)
国立文楽劇場(大阪市中央区日本橋、1983年)
六本木プリンスホテル(現ホテルヴィラフォンテーヌ六本木アネックス、東京都港区六本木、1984年)
吉運堂本社(新潟県新潟市南区、1985年)
ベルリン日独センター(ドイツベルリン、1988年)
広島市現代美術館(広島県広島市、1989年)
WINS銀座(東京都中央区銀座、1990年)
沖縄県庁舎(沖縄県那覇市泉崎、1990年)
三起商行本社(大阪府八尾市、1991年)
奈良市写真美術館(奈良県奈良市、1991年)
きびプラザ(岡山県吉備中央町、1992年)
パシフィック・タワー(フランスラ・デファンス、1992年)
和歌山県立近代美術館(和歌山県和歌山市、1994年)
和歌山県立博物館(和歌山県和歌山市、1994年)
愛媛県総合科学博物館(愛媛県新居浜市大生院、1994年)
福井市美術館(アートラボふくい、福井県福井市、1996年)
ソフトピアジャパンセンタービル(岐阜県大垣市、1996年)
クアラルンプール国際空港(マレーシアクアラルンプール、1998年)
新首都アスタナ計画(カザフスタン・アスタナ、1998年-2030年完成予定)
ゴッホ美術館新館(オランダアムステルダム、1999年)
フラワーヒルミュージアム(和歌山県紀の川市、1999年)
豊田大橋(愛知県豊田市、1999年)
大阪府立国際会議場(大阪市北区中之島、2000年)
福井県立恐竜博物館(福井県勝山市、2000年)
豊田スタジアム(愛知県豊田市、2001年)
九州石油ドーム(大分県大分市、2001年)
鄭東新区マスタープラン(中国河南省鄭州市、2003年-2020年完成予定)
世知原温泉くにみの湯 山暖簾(長崎県佐世保市、2004年)
長崎歴史文化博物館(長崎県長崎市、2005年)
パルティせと(愛知県瀬戸市、2005年)
吉運堂新発田店(新潟県新発田市、2005年)
アスタナ新国際空港(カザフスタン・アスタナ、2005年)
国立新美術館(東京都港区、2006年)
大口中学校(愛知県丹羽郡、2007年)
大阪府警察本部(大阪市中央区大手前、2008年)
Zenit Stadium(サンクト・ペテルブルク、2009年完成予定)
※1979年に開業した日本初のカプセルホテルを設計したのも、黒川である。
[編集] 賞詞
1965年 - 高村光太郎賞
1978年 - 毎日芸術賞
1986年 - フランス建築アカデミーゴールドメダル
1988年 - リチャード・ノイトラ賞(米国)
1989年 - 世界建築ビエンナーレ・グランプリ・ゴールドメダル、フランス芸術文化勲章
1990年 - 日本建築学会賞
1992年 - 日本芸術院賞
2002年 - 国際都市賞(スペイン、メトロポリス協会)
2006年 - 文化功労者
2007年 - 正四位旭日重光章(逝去後の叙位・叙勲)
[編集] 建築家として
他の丹下研究室出身の建築家と同様、“都市”について意識的な建築家である。東京計画1960は磯崎新とともに主担当。それまで、丹下研究室での設計実務も磯崎とともに極力拒否していた。実際、1959年戸山ハイツ計画案、1962年磯子団地計画、1964年札幌大通公園改造計画、1965年丸亀都市計画、1966年の愛知県菱野ニュータウン基本計画、1967年の藤沢市西部開発湘南ライフタウン、1968年佐倉市都市計画策定、北湘南開発基本計画、1970年小田急奥蓼科あけぼの計画インスタントビレッジ、1971年清川村総合計画、鳥取駅前再開発、国鉄飯田町操車場再開発基本構想、1973手稲山総合開発計画、1974年南青山一丁目再開発計画、イタリアヴァスト市とサンサルヴォ市都市計画のほか、カザフスタン新首都アスタナ計画、中国では鄭州市のマスタープランなども手がけている。ポンピドゥ・センターコンペではドミノ1971を提案し、大阪府立国際会議場ではスーパードミノ2000を提案した(GA JAPAN 44)。
[編集] 主な都市構想
1959年 - 新東京計画案-50年後の東京
1960年 - 垂直壁都市
1960年 - 農村都市計画
1961年 - 東京計画1960サイクルトランスポーテーションシステム
1961年 - 霞ヶ浦計画
1961年 - 丸の内業務地域再開発計画
1961年 - 東京計画1961<ヘリックス計画>
1962年 - 箱型量産アパート計画
1962年 - 西陣地区再開発計画
1965年 - メタモルフォーゼ計画1965
1966年 - 山形HD計画
1976年 - 吉備高原都市計画
1987年 - 東京2025計画(グループ2025)
1989年 - ニーム副都心計画
2008年08月25日
地上800m世界最高のビル:Burj Dubai(ドバイ)
地上800m世界最高のビル:Burj Dubai(ドバイ)
公式サイト http://www.burjdubai.com/
ドバイの超高層ビルの中では最も知名度が高いビル。地上800m、来年完成予定。

http://img523.imageshack.us/my.php?image=27686516500f2efd5103okp6.jpg
オイルマネーは、すごいですね。
日本のバブルを、はるかに越える、超バブルが産油国を豊かにしているようです。
バベルの塔にならぬような、今後の国家経営が大事と思います。
公式サイト http://www.burjdubai.com/
ドバイの超高層ビルの中では最も知名度が高いビル。地上800m、来年完成予定。

http://img523.imageshack.us/my.php?image=27686516500f2efd5103okp6.jpg
オイルマネーは、すごいですね。
日本のバブルを、はるかに越える、超バブルが産油国を豊かにしているようです。
バベルの塔にならぬような、今後の国家経営が大事と思います。
2008年08月23日
梅田ビル:建築家 原 広司(はら ひろし)

梅田ビル
原 広司 (はら ひろし、1936年9月9日生 )
神奈川県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。同大学大学院建築学専攻博士課程修了(工学博士)。東洋大学助教授、東京大学生産技術研究所助教授、同研究所教授を歴任。現在は世界中の集落調査を基盤に、原広司+アトリエファイ建築研究所での設計活動を展開している。
小説家の大江健三郎と親交が深い。
主な作品
ヤマトインターナショナル(東京本社) 村野藤吾賞
田崎美術館 日本建築学会賞
梅田スカイビル
京都駅
札幌ドーム (新建築0107)
東京大学生産技術研究所(駒場キャンパス)
広島市立基町高等学校
佐倉市立下志津小学校(第1校舎)

ヤマトインターナショナル(東京本社)

京都駅内部空間
2008年08月21日
<食から見た農業>南部九州市長サミット「本来農業への道」
<食から見た農業を考える>南部九州市長サミット「本来農業への道」
最近、食の安全保障が危機にあると思います。
食の問題で日々流れるニュースは、偽造、偽装の食品安全違反ばかり、酷いのになると、一度使った食材を使いまわすという始末。日本の食糧を扱う良心は、どこまで下落するのだろうか。
食料自給率40%以下の日本、フランスは200%近い生産量、国の食に対する安全保障の考え方で、日本の食生活が貧相なものに見えてきます。
食を支える日本の農業事情と、国民の求める食への要望、世界人口が増え続ける中で、これからの日本の農業を考えることが重要と思います。
「本来農業への道」
・(人間社会の限界)持続可能な社会における農業の役割 その1
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=752057054&owner_id=2182841
・(人間社会の限界)本来農業の世界観・自然観、10の提言、(その2)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=752623122&owner_id=2182841&org_id=752057054
<10の提言>
① 自然・福祉産業に従事する社会奉仕年の導入
② 「農的暮らし」の多彩な取り組みを展開し、インターネットなどの共有志し、協働とネットワーキングを積極的に促す
③ 環境支払いの実証実験を複数のパイロット地域で開始する
④ 持続可能な本来農業を日本の基本政策に捉え、農業に関わる多くの関係者・団体の参画により長期政策ビジョンを策定する
⑤ 日本から「アグリ・ミニマム」など、地域特性を考慮した国際農業政策を提起する
⑥ 体験型食能教育を小中学校の基本カリキュラムに組み入れる
⑦ 農業の次世代地域リーダーを育成する高等教育機関の設立
⑧ 本来農業の持続可能な技術に関する開発機構
⑨ 持続可能な農業を支える農業ビジネスアカデミーをキャラバン方式で全国展開する
⑩ 市民参加型農業(CAP=Citizen Participatory griculture)の市民プログラムを複数のパイロット地域で実施する
九州は農業が盛んな地域ですが、海外から食料輸入や後継者不足で、危機的状況とも言えます。そんな中で、農業の重要性を政策に入れている南部九州の市長が集まり、議論する会を企画しました。
「食を支える本来の農業とは何か」を語るシンポジムを開催します。興味ある方は、ぜひ人吉へ足を運んで、意見、異見に耳を傾け、一緒に食の未来を考えましょう。
∞∞∞∞<「食から見た農業を考える」シンポジム>∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
~~南部九州市長サミット「本来農業への道」~~
日 時 平成20年10月11日(土)17:00~20:00
場 所 人吉カルチャーパレス・小ホール
テーマ 「食から考える本来農業とは」
基調講演 木内 孝(NPO法人フューチャー500会長)
演題「何時までも続く納得の行く農業」
シンポジム パネリスト 阿曽田清(宇城市長)、田原迫要(指宿市長)
石黒 巧(持続可能な農業に関する調査委員会顧問)
コーディネーター 田中信孝(人吉市長)
参加費 無料
主 催 NPO法人フューチャー500・本来農業ネットワーク
共 催 人吉有機農業推進協議会
事務局 熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブズ菊池1F環境共生施設研究所内 担当 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Eメール:aande@lime.ocn.ne.jp
~~~「本来農業への道」シンポジムのプレイベント~~~
「オール全自動ビニールハウスの見学会」
日 時 2008年9月21日(日)10:00~14:00
場 所 熊本県宇城市三角町 高木ファーム
参加費 500円(昼食会 1,500円程度)
(現地見学は1時間半程度。昼食交流会も開催します)
*事務局まで事前申し込み必要
最近、食の安全保障が危機にあると思います。
食の問題で日々流れるニュースは、偽造、偽装の食品安全違反ばかり、酷いのになると、一度使った食材を使いまわすという始末。日本の食糧を扱う良心は、どこまで下落するのだろうか。
食料自給率40%以下の日本、フランスは200%近い生産量、国の食に対する安全保障の考え方で、日本の食生活が貧相なものに見えてきます。
食を支える日本の農業事情と、国民の求める食への要望、世界人口が増え続ける中で、これからの日本の農業を考えることが重要と思います。
「本来農業への道」
・(人間社会の限界)持続可能な社会における農業の役割 その1
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=752057054&owner_id=2182841
・(人間社会の限界)本来農業の世界観・自然観、10の提言、(その2)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=752623122&owner_id=2182841&org_id=752057054
<10の提言>
① 自然・福祉産業に従事する社会奉仕年の導入
② 「農的暮らし」の多彩な取り組みを展開し、インターネットなどの共有志し、協働とネットワーキングを積極的に促す
③ 環境支払いの実証実験を複数のパイロット地域で開始する
④ 持続可能な本来農業を日本の基本政策に捉え、農業に関わる多くの関係者・団体の参画により長期政策ビジョンを策定する
⑤ 日本から「アグリ・ミニマム」など、地域特性を考慮した国際農業政策を提起する
⑥ 体験型食能教育を小中学校の基本カリキュラムに組み入れる
⑦ 農業の次世代地域リーダーを育成する高等教育機関の設立
⑧ 本来農業の持続可能な技術に関する開発機構
⑨ 持続可能な農業を支える農業ビジネスアカデミーをキャラバン方式で全国展開する
⑩ 市民参加型農業(CAP=Citizen Participatory griculture)の市民プログラムを複数のパイロット地域で実施する
九州は農業が盛んな地域ですが、海外から食料輸入や後継者不足で、危機的状況とも言えます。そんな中で、農業の重要性を政策に入れている南部九州の市長が集まり、議論する会を企画しました。
「食を支える本来の農業とは何か」を語るシンポジムを開催します。興味ある方は、ぜひ人吉へ足を運んで、意見、異見に耳を傾け、一緒に食の未来を考えましょう。
∞∞∞∞<「食から見た農業を考える」シンポジム>∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
~~南部九州市長サミット「本来農業への道」~~
日 時 平成20年10月11日(土)17:00~20:00
場 所 人吉カルチャーパレス・小ホール
テーマ 「食から考える本来農業とは」
基調講演 木内 孝(NPO法人フューチャー500会長)
演題「何時までも続く納得の行く農業」
シンポジム パネリスト 阿曽田清(宇城市長)、田原迫要(指宿市長)
石黒 巧(持続可能な農業に関する調査委員会顧問)
コーディネーター 田中信孝(人吉市長)
参加費 無料
主 催 NPO法人フューチャー500・本来農業ネットワーク
共 催 人吉有機農業推進協議会
事務局 熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブズ菊池1F環境共生施設研究所内 担当 野口修一(NPO法人フューチャー500理事)
Eメール:aande@lime.ocn.ne.jp
~~~「本来農業への道」シンポジムのプレイベント~~~
「オール全自動ビニールハウスの見学会」
日 時 2008年9月21日(日)10:00~14:00
場 所 熊本県宇城市三角町 高木ファーム
参加費 500円(昼食会 1,500円程度)
(現地見学は1時間半程度。昼食交流会も開催します)
*事務局まで事前申し込み必要
2008年08月17日
(最良の間取)結(ゆい)の精神:地域総出で建てる上棟風景
(最良の間取)結(ゆい)の精神:地域総出で建てる上棟風景
(野口家の家づくり、その五)
・家族でつくる切り込み作業が難航
間取りもどうにか決まり、完全二世帯住宅で建設することになりました。風呂、トイレ、台所の別、建築中の仮に住まいのこと、建築常時日程と手順等と決め、製材所から材料を逐次送りながら、手刻みの切込みが始まりました。
大工一人でする作業は、思うようにはかどらず、最後は叔父を大きな材料の運び出しに手だったもらったり、私は時々運び帰ったりと、句工夫しながらやっと上棟に漕ぎつけたのは、山で木取りをしてから10ヶ月が過ぎていました。
・やっと地鎮祭、上棟、餅投げ
地鎮祭を終え、大安吉日に土台、通し柱を建て、次の日から丸3日間間の上棟の仕事が始まりました。準備は、親戚が大勢来て、炊き出し、大工、地域の人の接待、初日は大工が8名、近くの家から男女15名くらい参加する、お祭りみたいな上棟になり、もちろん夕方には、餅投げ、上棟のお祝い(祝賀会)は、延々とあり一日、アッと言う間に過ぎました。
この宴会の中で、昔の家は、村総出ででる結(ゆい)の共同作業だったことを長老たちから聞かされました。まだまだ残る、地域共同体の協力のありがたさを感じた出来事でした。
2日目は、大工6名、親戚の叔父伯母、もちろん私に姉妹も手伝ったくれ、まかないはとても忙しい日でした。
3日目は、瓦を乗せる直前まで仕事が終わり、残ってくれた大工の先輩方に、夜は遅くまでお礼の飲み会があり、昔からこれまでの家づくりの苦労話をたくさん聞かせてもらいました。今思うと、私の建築の考え方にとてもプラスになって居ますし、建築は設計も大事ですが、現場で職人と意見を交わし、知恵をしぼり考え作ることが最も大切なことを学びました。
・結(ゆい)の精神を学ぶ、設計の考え方が変化
その語り、考え、一緒に作る心こそ「結」の精神と思います。家づくりも、ものづくりの一人ではできません。多くの協力と理解してもらえる、オーナーだったり、利用者だったり、そして家族だたりがいてこそ、実現するように思います。
自分の家を作って、家づくりの志向(思考)が変わったと思います。形にこだわることはもちろんですが、最も大切なことは、利用する人がいかに住みやすいか、使いやすいかを最優先に考える設計を充分検討した後に、外観や内装に、個性を加味させることが建築家の役目と思います。
・要望を100%満足してから、設計が始まる(ル・コルビジェ)
私の敬慕する建築家の吉阪隆正氏が、ル・コルビジェの事務所で仕事をしている時、あるプロジェクトを任され、ユーザーと打合せ、プラン(間取り)、外観等を最良と思えるまで考えて、コルビジェの見てもらうと、その時にコルビジェが語った言葉は、「さあ、建築をやろう」の意味の発言だそうです。
ユーザーを満足させることは、建築士として当たり前のやらなければならないしごとです。そこにプラスする付加価値をつけるのが、建築設計の本業とする建築の専門性ということを吉阪氏に教えたかったのだと思います。
コルビジェは、人が当時の技術を駆使し、いかに快適に過ごせるかを追求し続けた偉人の一人と思います。設計が完璧と思って評価を得た言葉が、「さあ、建築をやろう」は、建築家が忘れていけない、向上心と思います。
・人が協力して家を作ることを学ぶ
設計の考え方のことは後日詳しく話しますが、でも建設現場は、職人とそしてオーナー(施主)との共同作業です。特に自宅は、親父が棟梁、自分は大工の丁稚、親戚、友人、地域の先輩も関わる共同作業は、一生に一度の家づくりの良き思い出になっています。
振り返り考えると、全て共同作業の上に家が出来上がることを忘れてはいけないと、自宅建設で学んだ、大切な教訓と思っています。
~教訓 その四~
「家づくりは、色々な方と共に行う共同作業(結い)」
<ミクシィ、コミュニティ>
・素敵な家を造る
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1144602
世界の個性的な建築、及び建築家を紹介しています。
~建築は、やはり芸術であり、生活そのものと思います。~
(野口家の家づくり、その五)
・家族でつくる切り込み作業が難航
間取りもどうにか決まり、完全二世帯住宅で建設することになりました。風呂、トイレ、台所の別、建築中の仮に住まいのこと、建築常時日程と手順等と決め、製材所から材料を逐次送りながら、手刻みの切込みが始まりました。
大工一人でする作業は、思うようにはかどらず、最後は叔父を大きな材料の運び出しに手だったもらったり、私は時々運び帰ったりと、句工夫しながらやっと上棟に漕ぎつけたのは、山で木取りをしてから10ヶ月が過ぎていました。
・やっと地鎮祭、上棟、餅投げ
地鎮祭を終え、大安吉日に土台、通し柱を建て、次の日から丸3日間間の上棟の仕事が始まりました。準備は、親戚が大勢来て、炊き出し、大工、地域の人の接待、初日は大工が8名、近くの家から男女15名くらい参加する、お祭りみたいな上棟になり、もちろん夕方には、餅投げ、上棟のお祝い(祝賀会)は、延々とあり一日、アッと言う間に過ぎました。
この宴会の中で、昔の家は、村総出ででる結(ゆい)の共同作業だったことを長老たちから聞かされました。まだまだ残る、地域共同体の協力のありがたさを感じた出来事でした。
2日目は、大工6名、親戚の叔父伯母、もちろん私に姉妹も手伝ったくれ、まかないはとても忙しい日でした。
3日目は、瓦を乗せる直前まで仕事が終わり、残ってくれた大工の先輩方に、夜は遅くまでお礼の飲み会があり、昔からこれまでの家づくりの苦労話をたくさん聞かせてもらいました。今思うと、私の建築の考え方にとてもプラスになって居ますし、建築は設計も大事ですが、現場で職人と意見を交わし、知恵をしぼり考え作ることが最も大切なことを学びました。
・結(ゆい)の精神を学ぶ、設計の考え方が変化
その語り、考え、一緒に作る心こそ「結」の精神と思います。家づくりも、ものづくりの一人ではできません。多くの協力と理解してもらえる、オーナーだったり、利用者だったり、そして家族だたりがいてこそ、実現するように思います。
自分の家を作って、家づくりの志向(思考)が変わったと思います。形にこだわることはもちろんですが、最も大切なことは、利用する人がいかに住みやすいか、使いやすいかを最優先に考える設計を充分検討した後に、外観や内装に、個性を加味させることが建築家の役目と思います。
・要望を100%満足してから、設計が始まる(ル・コルビジェ)
私の敬慕する建築家の吉阪隆正氏が、ル・コルビジェの事務所で仕事をしている時、あるプロジェクトを任され、ユーザーと打合せ、プラン(間取り)、外観等を最良と思えるまで考えて、コルビジェの見てもらうと、その時にコルビジェが語った言葉は、「さあ、建築をやろう」の意味の発言だそうです。
ユーザーを満足させることは、建築士として当たり前のやらなければならないしごとです。そこにプラスする付加価値をつけるのが、建築設計の本業とする建築の専門性ということを吉阪氏に教えたかったのだと思います。
コルビジェは、人が当時の技術を駆使し、いかに快適に過ごせるかを追求し続けた偉人の一人と思います。設計が完璧と思って評価を得た言葉が、「さあ、建築をやろう」は、建築家が忘れていけない、向上心と思います。
・人が協力して家を作ることを学ぶ
設計の考え方のことは後日詳しく話しますが、でも建設現場は、職人とそしてオーナー(施主)との共同作業です。特に自宅は、親父が棟梁、自分は大工の丁稚、親戚、友人、地域の先輩も関わる共同作業は、一生に一度の家づくりの良き思い出になっています。
振り返り考えると、全て共同作業の上に家が出来上がることを忘れてはいけないと、自宅建設で学んだ、大切な教訓と思っています。
~教訓 その四~
「家づくりは、色々な方と共に行う共同作業(結い)」
<ミクシィ、コミュニティ>
・素敵な家を造る
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世界の個性的な建築、及び建築家を紹介しています。
~建築は、やはり芸術であり、生活そのものと思います。~
2008年08月12日
゛必見゛オール全自動ビニールハウス見学会~高木ファーム~
゛必見゛オール全自動ビニールハウス見学会~高木ファーム~
・湿度開閉:湿度を感知し、微妙な開閉を可能にしています
・自動施肥:定期的に、水溶性の肥料を、限りなく少なく、効果的にトマトの根本に補給する
・自動水撒き:湿度、温度を、地面・中部・上部にセンサーを設置して、水を補給します。
入水層に水が少なくなると、河川からポンプで自動給水、満水すると停止。
これだけでもすごいのですが、防風林は自分で建設機械を使って建てる。
高木氏は、有機農法研究者でもあります。
今の要望されているのは、台風に強いビニールハウスを自分作りたいので、できるような工夫をして設計をして欲しいと依頼が来ています。
常に、日本最先端の農業技術を使い、少人数で、高収益をあげる、それも世界の農業技術を研修し、自分の栽培に活かす努力し続ける姿勢には、敬服するばかりです。
この、高木ファームのオール全自動ビニールハウス見学会と意見交換会を開催します。
日 時 2008年9月21日朝10時~
集合場所 熊本県宇城市三角町の元フェリーターミナル前駐車場
見 学 会 高木ファーム
見学時間 約2時間(移動は、車に乗り合わせて行きます)
参 加 費 500円(資料代)
茶話会 12:00~14:00
場 所 元フェリーターミナル
参加費 1,500円予定(場所、弁当、お茶代、)
参加申し込み 宇土市網引町1374 野口宅
Tel/Fax 0964-24-3570(昼は留守電なので、メッセージを聞き携帯に連絡されるか、Faxをご利用下さい)
Emil:aande@lime.ocn.ne.jp
*ビニールハウスなので、雨天決行します。ただし、台風が来た時は、検討します。
農家、流通、消費者、食物研究者、等々大歓迎です。
たくさんの参加をお待ちしています。
・湿度開閉:湿度を感知し、微妙な開閉を可能にしています
・自動施肥:定期的に、水溶性の肥料を、限りなく少なく、効果的にトマトの根本に補給する
・自動水撒き:湿度、温度を、地面・中部・上部にセンサーを設置して、水を補給します。
入水層に水が少なくなると、河川からポンプで自動給水、満水すると停止。
これだけでもすごいのですが、防風林は自分で建設機械を使って建てる。
高木氏は、有機農法研究者でもあります。
今の要望されているのは、台風に強いビニールハウスを自分作りたいので、できるような工夫をして設計をして欲しいと依頼が来ています。
常に、日本最先端の農業技術を使い、少人数で、高収益をあげる、それも世界の農業技術を研修し、自分の栽培に活かす努力し続ける姿勢には、敬服するばかりです。
この、高木ファームのオール全自動ビニールハウス見学会と意見交換会を開催します。
日 時 2008年9月21日朝10時~
集合場所 熊本県宇城市三角町の元フェリーターミナル前駐車場
見 学 会 高木ファーム
見学時間 約2時間(移動は、車に乗り合わせて行きます)
参 加 費 500円(資料代)
茶話会 12:00~14:00
場 所 元フェリーターミナル
参加費 1,500円予定(場所、弁当、お茶代、)
参加申し込み 宇土市網引町1374 野口宅
Tel/Fax 0964-24-3570(昼は留守電なので、メッセージを聞き携帯に連絡されるか、Faxをご利用下さい)
Emil:aande@lime.ocn.ne.jp
*ビニールハウスなので、雨天決行します。ただし、台風が来た時は、検討します。
農家、流通、消費者、食物研究者、等々大歓迎です。
たくさんの参加をお待ちしています。
2008年08月07日
(都市交流 )土曜夕方から指宿夜なべ談議参加、まちづくり研修
(都市交流 )土曜夕方から指宿の夜なべ談議参加、まちづくり研修に
・大太鼓フェスティバル
昨日は、地元宇土市祭り「大太鼓フェスティバル」でした。全国に類を見ない、直径1m80cm~1m30cmの大太鼓が、26個市内の在り、それが全部叩ける状態にしてあります。昨日は、市政50周年と言う事で、全部をお披露目し、叩かれたはずです。
・片道約250km、一気に走る
と言うのは、私は準備をして、秋の催しの打ち合わせのために、九州の南端にある観光都市、農業地帯の指宿市へ、行政幹部に会うためにに「指宿温泉祭り」出かけました。片道約250km、一気に走ることになりました。鹿児島市内で道を間違い、渋滞にはまり遅れ気味で指宿に入ると、すばらしい花火が夜空に上がっていました。大きな線香花火の模様が暗い夜空に大きく描かれ、遅れてくる「ドーン」の音が、夏の風情を感じさせました。
・指宿温泉祭りと夜なべ談議(懇親会)
花火終了後、温泉祭りスタッフの打ち上げに参加させてもらい、熊本の先輩でもある人吉市長や、新潟の十日町の親善大使の女性等々、にぎやかなお疲れさん会でした。私は、10月の行う南九州市長サミットの担当市長との「了解」とりと、指宿でまちづくり頑張る友人の応援のために、夕方かたら走り尽くめで指宿まで行きました。
ちなみに、指宿温泉祭りは第61回目(昭和22年開始)。素晴らしい取り組みと思います。
・秋のイベント準備
おおむね了解、「詰めは担当とやって下さい」と、秋の人吉集合が一気に決まったという指宿夜なべ談議になりました。この強行軍の行動を「やったほうが、スムーズに行くから、大変だけど来て!」と、一緒にサミットを企画する指宿の友人のアドバイスからでした。
・温かいおもてなし
実は指宿での飲み会は初めてで、ホテルや2次会の場所不明で、連絡をとると市の幹部の方自ら迎えに来られ、ありがたいことと、素晴らしいもてなしに感動しました。観光地は、この相手を思う心が大事と感服しました。(感謝)
・鹿児島弁は難しい
交流会(夜なべ談議)は盛り上がりました。私の姉が、鹿児島県霧島市の居るせいか、どうにか薩摩弁は理解できたつもりですが、飲んで早口になるとさすがに付いていけませんでした。後で聞くと、南西諸島の人たちの言葉は、鹿児島市の人たちでも分からないと言われていました。日本は、広い。九州も広いと思います。
・旧友との語り合い、延々続く話題
今朝は、指宿の友人と3年ぶりにゆっくりあうのですが、とことん話したのは、初対面の年に3度会い、とことん語り合って以来、ゆっくり意見を交わしました。熊本と鹿児島で何時もは会うことは無いのですが、
「これやりたいけど、どう思うね」→「了解、すばらしい。何を協力したら良い」
「こんな青年が今九州を旅している、受けれて意見を言って」→「分かった」
「月末平日、シンポジムやるけど出てこれる」→「3時間くらいしか居れないけど良いよ」
と、いう感じで約8年続いて来ました。仕事もボランティアの関係を無いし、年の私より3才上、意見・手法は違えど、見てる方向が同じで、とても気なる存在で、良き相談相手です。
今回、この二人と縁のある世界的な環境活動家が協働で、秋に催しものを企画しています。はっきり決まり次第、皆様にお知らせ、ご案内をしますので、その折にはぜひご参加下さい。とても面白い企画です。ご期待下さい。
*日時だけ決定:10月11日17:00~
・鹿児島西岸と旧鹿児島本線(現オレンジ鉄道)
帰りは、時間を在ったので、国道をゆっくり休み休み、帰って着ました。5時間半の旅路ですが、鹿児島の色々な風景が見れました。過疎、大ショッピングモール、特に鹿児島市の湾岸開発はすごいと思うのと、埋め立ての広がりに驚きました。
鹿児島、串木野、川内、阿久根、出水、水俣、芦北、八代を見て来たのですが、旧鹿児島本線がとても風景に合い、海岸と列車には、ついカメラの向けたくなりました。
・とても素敵な海水浴場(砂浜)発見
そこで、発見したのが、とても素敵な海水浴場(砂浜)を見つけました。帰宅して、妻や娘に、来週海水浴に行かないかと、提案してしました。多分、20年前は無かった(整備してない)海岸と思います。妻と若いころ鹿児島北岸によく海水浴に行きました。ふと、高校生ですがきれいな海を見せたいと思った風景でした。もし、来週実現すれば写真でご紹介します。
昨日・今日は、移動と催し物多い日程でしたが、すばらしい発見がたくさん有った週末でした。
だらだらと長くなりました、最後までお読み頂き感謝します。
・大太鼓フェスティバル
昨日は、地元宇土市祭り「大太鼓フェスティバル」でした。全国に類を見ない、直径1m80cm~1m30cmの大太鼓が、26個市内の在り、それが全部叩ける状態にしてあります。昨日は、市政50周年と言う事で、全部をお披露目し、叩かれたはずです。
・片道約250km、一気に走る
と言うのは、私は準備をして、秋の催しの打ち合わせのために、九州の南端にある観光都市、農業地帯の指宿市へ、行政幹部に会うためにに「指宿温泉祭り」出かけました。片道約250km、一気に走ることになりました。鹿児島市内で道を間違い、渋滞にはまり遅れ気味で指宿に入ると、すばらしい花火が夜空に上がっていました。大きな線香花火の模様が暗い夜空に大きく描かれ、遅れてくる「ドーン」の音が、夏の風情を感じさせました。
・指宿温泉祭りと夜なべ談議(懇親会)
花火終了後、温泉祭りスタッフの打ち上げに参加させてもらい、熊本の先輩でもある人吉市長や、新潟の十日町の親善大使の女性等々、にぎやかなお疲れさん会でした。私は、10月の行う南九州市長サミットの担当市長との「了解」とりと、指宿でまちづくり頑張る友人の応援のために、夕方かたら走り尽くめで指宿まで行きました。
ちなみに、指宿温泉祭りは第61回目(昭和22年開始)。素晴らしい取り組みと思います。
・秋のイベント準備
おおむね了解、「詰めは担当とやって下さい」と、秋の人吉集合が一気に決まったという指宿夜なべ談議になりました。この強行軍の行動を「やったほうが、スムーズに行くから、大変だけど来て!」と、一緒にサミットを企画する指宿の友人のアドバイスからでした。
・温かいおもてなし
実は指宿での飲み会は初めてで、ホテルや2次会の場所不明で、連絡をとると市の幹部の方自ら迎えに来られ、ありがたいことと、素晴らしいもてなしに感動しました。観光地は、この相手を思う心が大事と感服しました。(感謝)
・鹿児島弁は難しい
交流会(夜なべ談議)は盛り上がりました。私の姉が、鹿児島県霧島市の居るせいか、どうにか薩摩弁は理解できたつもりですが、飲んで早口になるとさすがに付いていけませんでした。後で聞くと、南西諸島の人たちの言葉は、鹿児島市の人たちでも分からないと言われていました。日本は、広い。九州も広いと思います。
・旧友との語り合い、延々続く話題
今朝は、指宿の友人と3年ぶりにゆっくりあうのですが、とことん話したのは、初対面の年に3度会い、とことん語り合って以来、ゆっくり意見を交わしました。熊本と鹿児島で何時もは会うことは無いのですが、
「これやりたいけど、どう思うね」→「了解、すばらしい。何を協力したら良い」
「こんな青年が今九州を旅している、受けれて意見を言って」→「分かった」
「月末平日、シンポジムやるけど出てこれる」→「3時間くらいしか居れないけど良いよ」
と、いう感じで約8年続いて来ました。仕事もボランティアの関係を無いし、年の私より3才上、意見・手法は違えど、見てる方向が同じで、とても気なる存在で、良き相談相手です。
今回、この二人と縁のある世界的な環境活動家が協働で、秋に催しものを企画しています。はっきり決まり次第、皆様にお知らせ、ご案内をしますので、その折にはぜひご参加下さい。とても面白い企画です。ご期待下さい。
*日時だけ決定:10月11日17:00~
・鹿児島西岸と旧鹿児島本線(現オレンジ鉄道)
帰りは、時間を在ったので、国道をゆっくり休み休み、帰って着ました。5時間半の旅路ですが、鹿児島の色々な風景が見れました。過疎、大ショッピングモール、特に鹿児島市の湾岸開発はすごいと思うのと、埋め立ての広がりに驚きました。
鹿児島、串木野、川内、阿久根、出水、水俣、芦北、八代を見て来たのですが、旧鹿児島本線がとても風景に合い、海岸と列車には、ついカメラの向けたくなりました。
・とても素敵な海水浴場(砂浜)発見
そこで、発見したのが、とても素敵な海水浴場(砂浜)を見つけました。帰宅して、妻や娘に、来週海水浴に行かないかと、提案してしました。多分、20年前は無かった(整備してない)海岸と思います。妻と若いころ鹿児島北岸によく海水浴に行きました。ふと、高校生ですがきれいな海を見せたいと思った風景でした。もし、来週実現すれば写真でご紹介します。
昨日・今日は、移動と催し物多い日程でしたが、すばらしい発見がたくさん有った週末でした。
だらだらと長くなりました、最後までお読み頂き感謝します。
2008年08月07日
門司港ホテル(設計 アルド・ロッシ)

ガララテーゼ外観

内 部
・ガララテーゼ集合住宅 Gallaratese Housings
アルド・ロッシ + カルロ・アイモニーノ Aldo Rossi + Calro Aymonino
建設 1970年
用途 集合住宅
所在地 イタリア ミラノ
このガララテーゼ集合住宅はロッシの内的記憶を表現したものといわれ、特に1階に連立する薄平の柱がその象徴的なものとされています。
ロッシはこの集合住宅に無言の心象風景を表現したかったようで、その心象とは、ミラノの城壁等の楼や回廊といった歴史的建造物からくる象形だといいます。そうしたロッシの記憶を写し取ったものが1階の空間に表現されているのです。
ロッシは心象風景をこの集合住宅の空間に取り入れたと聞き、そう言われその空間を見たものの、私にはただの単調な列柱にしか見えませんでした。そしてそれは住宅には似つかわしくない素っ気無い空間だったのです。簡素で虚無というのでしょうか、この上に人が住んでいるのとは思えない程でした。
きっとロッシはそういった廃虚としての心象空間を作りたかったのでしょう。そういった点(虚無の空間)としては確かにうまく表現できているといえます。でも集合住宅にこうした空間が本当に必要だったのでしょうか!
ロッシの代表作にもされているガララテーゼ集合住宅ですが、ロッシ自身の設計はほんの一部にしかすぎず、そのほとんどはカルロ・アイモニーノによって設計されたものなのです。1階の回廊の奥はアイモニーノ設計の住棟につながり、ロッシの単調な住棟に比べると複雑な構成をしています。
アイモニーノ棟の1階はロッシのものとは対照的で、色彩があって迷路のように複雑な空間となっています。こちらはそのほとんどが2層分まであり、ロッシの住棟が精神面において虚無ならこちらは物理的に虚無の空間に感じます。このような空間が住宅にあってもいいとは思いますが、住棟全体からすると多きすぎ、楽しいというよりも無気味さが強よかったです。人が心地よいと感じる空間ではないように思いましたが、それでもここはれっきとした集合住宅なのです。
ガララテーゼ集合住宅は、ミラノ地下鉄のLinea1で S.Leonardo (サン・レオナルド) 下車し、そこから南 (出口を左へ) に少し行くとあります。

門司港ホテル外観
・門司港ホテル
門司港のレトロの街に真ん中にひときわ目立つ建物がある。これは、イタリアの有名な建築家、アルド・ロッシが設計したホテルです。
外観はサメをイメージして作られており、とってもモダンな造りとなっています。近代的で、おしゃれなホテルのなですが、なぜかレトロの街にマッチしているという、不思議なホテルです。
部屋の内部は深緑を基調とした色合いで、ゆっくり海峡プラザや門司の夜景を見ながらくつろぐことが出来ます。
[mixi]素敵な家を造る
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1144602
2008年07月31日
建築家の守秘義務、人と長く付き合う法 その1
建築家の守秘義務、人と長く付き合う法 その1
・建築家の守秘義務
弁護士の守秘義務は良く知られていますが、建築家(設計を専業とする建築士)もその義務がある。設計は、家庭、事業、事業所等々、実情、予算、借り入れ等々、深く関わらないと出来ない仕事です。
その仕事内容しだいでは、代表者の家族、親族のもめごと、遺産騒動等々、色々な場面や、内容も耳にする事がありますが、その内容を他へ知らせると建築家の真価が問われる事になります。特にゴシップになる情報は、自分の家族、妻にも言わず(言えず)に自分の墓まで持って行くのが建築士の常識となっています。建築士法にも倫理感の向上が条項に書かれています。
姉歯建築士の構造計算偽造事件は、この倫理観の欠落にあると思います。一級建築士の国家試験は、大変な勉強をして資格を取得します。普通の人だったら、出来ない心境と思います。話が横道にそれました。
・人脈の構築と利用法
さて、有名人は人脈がすごいのだろうなと思う事があります。その人脈について、作家の曽野綾子氏が著書で自論を書いていました。
(本文より)
・・・ひどく矛盾するようだが、人脈を作るためには、人脈を利用してはいけないのだ。その人が自分の知人だと言いふらすと、友情は崩れる。ほんとうはかなり親しい間柄でも、それは秘し隠しておいたほうが友情は続くのである。
しかし私は時々、その反対にことをしている人にも出会った。すぐその人を知っていると言い、息子の就職や、紹介状を書くことや、音楽会に来てもらうことや、祝電をもらうことや、などを頼んであげる、と自らかって出る人である。
人脈というものは、・・相手と私との関係だから、私は教えてもらうと感謝し尊敬しお礼を言うだけで、ほとんど二人の関係を世間に知られる必要はない。(中略)
若い時には人脈などあるわけがない。人は歴史を通してその人を知りたがり、信用する。いかなる偉大な人物でも、赤ん坊の時には歴史小説の主人公たりえない。
人脈の基本は尊敬である。私と友人でなくなっている人がいるとすれば、それは私の人格が相手を失望させ、私が相手に対する尊敬を失った時である。そして尊敬を持たない相手は人脈の中に入らない。(中略)
人脈とは、心の通じ合いと言う気がします。「感謝し尊敬しお礼を言うだけで、ほとんど二人の関係を世間に知られる必要はない。」と、要は二人の関係を風潮するようなことは、何か目的が無い限り必要ないのが交流と思います。
曽野さんの一言が心に留まった。例えば、友人が離婚した。有名人だとすると、記事になると記者がたずねる。しかし、何も語らない。曽野さんの言い分は、
「私はあの方たちのことをお話をしないんです」そして、
「ええ、お親しいから言わないんです」とありました。
曽野さんは、「(友人の歴史は)死と共に以て行こうと思う。その人のことを語らないから、友情が続いて来た」と、書かれていました。
人格者には、けっこう訥弁(とつべん)の方が多いように感じますが、人間あまりおしゃべりが過ぎると、人の敬意が薄れるのかもしれません。皆様の周りに居る、友人知人の様子をどうでしょうか。参考になれば幸いです。
*参考資料:曽野綾子著「中年以後」より、
・建築家の守秘義務
弁護士の守秘義務は良く知られていますが、建築家(設計を専業とする建築士)もその義務がある。設計は、家庭、事業、事業所等々、実情、予算、借り入れ等々、深く関わらないと出来ない仕事です。
その仕事内容しだいでは、代表者の家族、親族のもめごと、遺産騒動等々、色々な場面や、内容も耳にする事がありますが、その内容を他へ知らせると建築家の真価が問われる事になります。特にゴシップになる情報は、自分の家族、妻にも言わず(言えず)に自分の墓まで持って行くのが建築士の常識となっています。建築士法にも倫理感の向上が条項に書かれています。
姉歯建築士の構造計算偽造事件は、この倫理観の欠落にあると思います。一級建築士の国家試験は、大変な勉強をして資格を取得します。普通の人だったら、出来ない心境と思います。話が横道にそれました。
・人脈の構築と利用法
さて、有名人は人脈がすごいのだろうなと思う事があります。その人脈について、作家の曽野綾子氏が著書で自論を書いていました。
(本文より)
・・・ひどく矛盾するようだが、人脈を作るためには、人脈を利用してはいけないのだ。その人が自分の知人だと言いふらすと、友情は崩れる。ほんとうはかなり親しい間柄でも、それは秘し隠しておいたほうが友情は続くのである。
しかし私は時々、その反対にことをしている人にも出会った。すぐその人を知っていると言い、息子の就職や、紹介状を書くことや、音楽会に来てもらうことや、祝電をもらうことや、などを頼んであげる、と自らかって出る人である。
人脈というものは、・・相手と私との関係だから、私は教えてもらうと感謝し尊敬しお礼を言うだけで、ほとんど二人の関係を世間に知られる必要はない。(中略)
若い時には人脈などあるわけがない。人は歴史を通してその人を知りたがり、信用する。いかなる偉大な人物でも、赤ん坊の時には歴史小説の主人公たりえない。
人脈の基本は尊敬である。私と友人でなくなっている人がいるとすれば、それは私の人格が相手を失望させ、私が相手に対する尊敬を失った時である。そして尊敬を持たない相手は人脈の中に入らない。(中略)
人脈とは、心の通じ合いと言う気がします。「感謝し尊敬しお礼を言うだけで、ほとんど二人の関係を世間に知られる必要はない。」と、要は二人の関係を風潮するようなことは、何か目的が無い限り必要ないのが交流と思います。
曽野さんの一言が心に留まった。例えば、友人が離婚した。有名人だとすると、記事になると記者がたずねる。しかし、何も語らない。曽野さんの言い分は、
「私はあの方たちのことをお話をしないんです」そして、
「ええ、お親しいから言わないんです」とありました。
曽野さんは、「(友人の歴史は)死と共に以て行こうと思う。その人のことを語らないから、友情が続いて来た」と、書かれていました。
人格者には、けっこう訥弁(とつべん)の方が多いように感じますが、人間あまりおしゃべりが過ぎると、人の敬意が薄れるのかもしれません。皆様の周りに居る、友人知人の様子をどうでしょうか。参考になれば幸いです。
*参考資料:曽野綾子著「中年以後」より、
2008年07月30日
塔の家(設計:東孝光)

外観①
外観②
外観③
塔の家(設計:東孝光)
1995年 日本建築学会作品賞受賞(一連の都市型住宅)
作者東の処女作であると同時に、60年代以降の日本住宅史において常に語りつがれてきた作品。
市街地のど真ん中、20㎡という極小の敷地に地上5階、地下1階建ての搭状住居として建てられ、レベル差・吹き抜け・ワンルーム・屋根裏部屋など、それまでの日本の住宅において意識されなかった手法を積極的に取り込んでいる。
安藤忠雄の「住吉の長屋」と並ぶ、都市型住宅の金字塔。
2008年07月30日
ルイス・カーンと言う建築家
ノーマン・フィッシャー邸(設計 ルイス・カーン)
遠 景
外 観

居 間
ルイス・カーンと言う建築家
ルイス・カーンにとって、建築家としての原点は教師にあり、建築の原点は住宅にあった。彼にとってそれは日々の活動の原点であり、日々建築を創り出していくための糧であった。
そこには小さな住宅のディテールの中に建築のあるべき姿を追い求め、学生との対話の中で建築の本質を追い求めるカーンがいる。建築の立ち返る原点として、人間が暮らし、集う部屋のある住宅があり、建築家の立ち返る原点として「良い質問は、常に良い答より優れています。」と言っていた教師があった。自分自身の立つべき座標軸の原点を忘れず建築の初源の姿を追究するためには、常に学生と対話することと住宅を設計することがなくてはならぬとカーンは考えていた。
Louis I.Kahn 1901-1974 建築家。
代表作はソーク生物学研究所やイエール大学アートギャラリー、キンベル美術館など多数。
生涯を通じて住宅設計もコンスタントに行っており計画案も含めれば50件を超える。
従来の近代建築とは一線を画す求心的構成や空間単位の生成・結合、正方形を基本とした緻密な平面構成
など、その後の建築界に多大な影響を残す。ミース、コルビュジェと並び
近代建築の巨匠と称されるが上記のような点からも2人と比べその在り方は少々異なっていると言える。
遠 景
外 観

居 間
ルイス・カーンと言う建築家
ルイス・カーンにとって、建築家としての原点は教師にあり、建築の原点は住宅にあった。彼にとってそれは日々の活動の原点であり、日々建築を創り出していくための糧であった。
そこには小さな住宅のディテールの中に建築のあるべき姿を追い求め、学生との対話の中で建築の本質を追い求めるカーンがいる。建築の立ち返る原点として、人間が暮らし、集う部屋のある住宅があり、建築家の立ち返る原点として「良い質問は、常に良い答より優れています。」と言っていた教師があった。自分自身の立つべき座標軸の原点を忘れず建築の初源の姿を追究するためには、常に学生と対話することと住宅を設計することがなくてはならぬとカーンは考えていた。
Louis I.Kahn 1901-1974 建築家。
代表作はソーク生物学研究所やイエール大学アートギャラリー、キンベル美術館など多数。
生涯を通じて住宅設計もコンスタントに行っており計画案も含めれば50件を超える。
従来の近代建築とは一線を画す求心的構成や空間単位の生成・結合、正方形を基本とした緻密な平面構成
など、その後の建築界に多大な影響を残す。ミース、コルビュジェと並び
近代建築の巨匠と称されるが上記のような点からも2人と比べその在り方は少々異なっていると言える。
2008年07月27日
東京工業大学百年記念館(1987 設計:篠原一男)

東京工業大学百年記念館

日本浮世絵博物館
東京工業大学百年記念館(設計:篠原一男)
日本浮世絵博物館(設計:篠原一男)
「から傘の家」や「白の家」「ハウスインヨコハマ」などの住宅や「東京工業大学百年記念館」などの建築で、日本の伝統的建築を抽象化し前衛的姿勢をとりつづけた建築家・篠原一男さんが亡くなったそうです。実作はもちろん、伊東豊雄さんや長谷川逸子さん、坂本一成さんら”篠原スクール”と呼ばれる多くの建築家を育て影響を与えてきた氏の功績は甚大でした。ご冥福をお祈りします。
2008年07月25日
福岡大学「六〇周年記念館」(設計 槙文彦)

福岡大学「六〇周年記念館」(設計 槙文彦)
槙 文彦
建築家。1928年、東京に生まれる。1952年、東京大学工学部建築学科を卒業。1953年、クランブルック美術学院修士課程修了。1956年から61年までワシントン大学建築学部において準教授を勤める。1979年から89年まで東京大学工学部建築学科教授。1965年からは株式会社 槇 総合計画事務所代表として現在にいたる。主な作品に幕張メッセ、東京体育館、慶應義塾湘南藤沢キャンパス、テレビ朝日新本社など。


2008年07月25日
香港上海銀行(設計 ノーマン・フォスター)

センチュリー・タワー

香港上海銀行
ノーマン・フォスター(Norman Foster)
・センチュリー・タワー(1991)
東京の御茶ノ水駅近くにあるセンチュリー・タワーも、フォスターの作品だが、香港上海銀行と類似した構造のシステムをもつ。ここでは施主が香港上海銀行と同じものを望んだらしい。
・香港上海銀行(1985)
あまりに有名な建築であえて説明は無し。ぜひ、実物を見て欲しい建物の一つです。


